熱帯高気圧。(復活・ディノヒバ)


仕事で疲れ果ててホテルに戻ると部屋で寛いでる恭弥が居た。嬉しくて飛び付こうとしたら、いきなり耳ん中に何かを入れられた。



熱帯高気圧




「馬鹿は風邪引かないって言うけど、本当だったんだ…」
耳に入れられたのは体温計だったのか…と感心している俺をよそに、恭弥は新発売のお菓子を発見したかの様な顔をして俺を見た。
ばかはかぜをひかない。
日本のことわざなのだろうか…?ディーノはその言葉を何度も繰り返し意味を考える。馬鹿は風邪を引かない?そして風邪を引いた俺……。ならば――
「俺は天才か?」
「………。」
恭弥は黙って洗面所に行き、そこから冷たい水で絞ったタオルを俺めがけてぶん投げた。驚く暇も無くべちゃ、と気持ち悪い音を立てたそれは顔面に当たり、同じ音をもう一度立てて床に落ちた。タオルは中途半端に絞ってたらしく、敷かれたカーペットに小さな染みがじわじわと作られる。あーあ、後でフロントに電話して掃除してもらわないと…
「こんなの、頼まなくても直ぐに乾くよ」
言わなくても通じるなんて夫婦みたいだ。なんて考えてたら恭弥に殴られた。どうやらこれも伝わったらしい。
「熱あるんだからおとなしく寝てなよ…」
ベッドの毛布を捲り寝るように促すと、ディーノはそのままシーツの上に倒れこんだ。
「ちょっと服くらい着替えなよ」
「面倒臭い〜」
枕に顔を埋めると、途端に全身を痺れと熱が包み、そこでようやく自分が本当に高熱なのだと気が付いた。
「う〜何かダルいし身体痛い…」
「当たり前だよ。熱、何℃あると思ってんのさ」
恭弥は冷蔵庫から冷却シートを取り出し俺の額に貼り付けてくれた。そこから伝わる冷たさが、プールに入ってるみたいに気持ちいい。
でも、本当に数秒だったけど、額に触れた恭弥のひんやりとした手の気持ち良さには敵わないと思った。
ベッドサイドに腰をかけた恭弥がジロジロと自分を見ている。よほど体調を崩した俺が珍しいのだろう…。だが俺からしてみれば恭弥の方が珍しい。今まで何度も滞在中のホテルに遊びに来て欲しいと頼んでも、いっさい来る気配が無かったのに…。
とても嬉しいのだが、素直に喜べない。何でこんな具合の悪い日に来てしまうのか…。自分がこれでは折角来てくれた恭弥に何も構ってやれないではないか。

「…別に、構ってくれなくて良いよ。そんなのウザイだけだし。それよりあなたは早く風邪直しなよ…」
ポケットから携帯電話を取り出してどこかに電話をかけようとしているのに気付き、恭弥の腕を慌てて掴んだ。
「あ……え、っと、その……」
誰であろうと2人きりの時間を邪魔して欲しくない、と言ったら呆れられるだろうか…?ディーノはゆっくり恭弥と視線を合わせ様子を伺う。すると恭弥は小さく溜め息をついて言った。
「…あなたのその、思ってることを口に出すのって癖?それとも熱のせい?」
なんのことか分からずキョトンとしていると恭弥は、どっちでもいいけどさ、と呟いて再び携帯電話をいじり出した。
「……恭弥?」
「あなたの部下に…えーと、ロマーリオだっけ?彼に連絡するだけだよ。そういう約束だったから…」

一瞬、時間が止まった。

「――ちょ、えぇ!?何で恭弥がロマーリオの番号知ってるんだよ!」
「何でって、交換したからに決まってるでしょ…」
「交換!?俺、恭弥の番号もメアドも知らないのに!?」
「一度も教えてって言われて無いけど…?」
図星を突かれ言葉に詰まる。確かに直接聞いたことは無い…。だって恭弥の性格を考えれば言ったって教えてくれなさそうじゃんか!しつこくし過ぎて嫌われたら嫌だし。
「あのさ、別に好きで教えたんじゃないよ。ただでさえ出来が悪いのに風邪まで引いた上司を心配した部下が僕のところに押しかけて来たんだよ!それも大勢で!!」
見舞いに行かないと自宅まで押しかけてきそうな勢いだったから、仕方なく教えたんだと恭弥は溜め息混じりに言った。
「だいたい何でそんなになるまで気がつかないのさ。休めないほど仕事忙しかったわけ?」

それを言われると痛かった。確かに朝から熱っぽいとは感じていたが我慢出来ない程では無かったし、今日の仕事も明日にまわせるものばかりだった。それに俺は仮にもファミリーのボスなのだ。もし体調不良のところを襲撃されたりしたらひとたまりもない。――想像して、寒気がした。どんなに自分が軽率な行動をしたかが今になって思い知らされた。
「ごめん…」
反射的に謝罪の言葉を述べると恭弥は表情を強張らせ、ぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

「……あなたは、僕の家庭教師なんでしょ?だったら自分の体調管理くらいしっかりしてよね。」

口元が、緩む。軋む身体を無理やり起こし、恭弥を背後からゆっくり抱き締めた。少し反応を見て、抵抗しないことを確認すると更に力を入れて抱き締めた。
「有難う恭弥…」
彼の首筋に顔を埋めて、想像する。愛しい君が薬局に行って冷却剤を買うところを。この部屋に自分が来るまで独りで待っているところを。

「…………あんまり心配、かけさせないで」


――そう聞こえたのは熱ゆえの幻聴だったのかもしれない。

「目が覚めたか?ボス」

目が覚めた俺はきちんとベッドに寝ていて、恭弥の姿は何処にも無かった。ロマーリオが額の冷却剤を取り換え、体温計で熱を測っている。
「恭弥は…?」
「来てたのか?見掛けなかったけど…。お、少しは熱下がったな」
部屋の外では常に部下が待機しているはすだ。そいつらが恭弥を見掛けてないと言うことは、今までのは夢だったのだろうか。
「もう少し寝ていろよボス。飯の時間になったら起こすから…」
そう促してロマーリオは部屋を後にした。それから直ぐに眠気が襲い、瞳を閉じた。

ディーノがテーブルに置かれた携帯電話とアドレスを明記したメモに気がつくのは、熱が完全に下がった三日後のことだった。

END

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