たまごの君に。(復活・ディノヒバ)


 今宵は月がぼんやりとしか見えなかった。



■たまごの君に■



 耳の奥で、からんと氷が弾ける音がした。

「ボス、もういい加減やめ――」
「うるさい」

 乱暴にグラスの中身を飲み干し、金糸の青年ディーノがボトルに手を伸ばす。すると横から彼の右腕とも呼べるロマーリオが素早くそれを取り上げた。
「…何するんだよ」
「今日はもう止めた方が良い。明日、酒臭いままで会いに行くのか?」

 一瞬にして動きが止まり、納得したかのようにディーノはグラスの中の氷を口内に含み、奥歯でガリガリ噛み始めた。
 ――こんな荒れた主君をみるのは久しぶりだ。数年前、先代の傾いた財政を立て直す途中で何度も不甲斐ない自分憤り、嫌悪し、暴れたときがあった。
「あ、ボス!何処へ?」
「もう寝る」
 今回は、それ以上だ。
 寝室に向かったディーノの背中を眺めつつ、ロマーリオは視線を足元に移した。
 床には明日の会議に使う資料や契約書。中身が飛び出ている半壊状態のパソコンモニターに、真っ二つに割れてるキーボードに花瓶。そして、部屋に充満しているアルコールの臭い。
 ここ一週間。ディーノは文字通り浴びるほど酒を飲み、時折ヒステリーを起こしては近場にあるものを片っ端から壁に叩き付け、落ち着いてくると糸が切れたかのようにパタリと倒れて眠りにつく。そんな生活を繰り返している。それほど、今回のことは堪えたらしい。
 ロマーリオはポケットから取り出した煙草に火を点け、深く吸い込むと、溜め息と一緒にすべてを吐き出した。

 発端は二週間前。ボスの想い人――雲雀恭弥が何者かに狙撃され、今でも意識不明の重体に陥ってしまった。…犯人は、キャバッローネを敵視するどこかのファミリーだろう。(それらしいファミリーをボスが片っ端から潰滅させてしまったため、真相は謎のままだ。)だがヒバリは決して弱くは無い。まだ成長過程だが、それでも充分強いと思う。(うちの下っ端より強いのではないだろうか…)だから、油断をしていた。ヒバリなら何があっても大丈夫だと、勝手に思い込んでいた。いくら強くて大人びているとはいえ、彼はまだまだ子供だったのに…。
 彼がどういう経緯で狙われ、撃たれたのかは判らないが、今となってはどうでもいい。
 問題なのは、俺たちマフィアが一般人に迂闊に近付けばこうなることぐらい、考えれば予測できたはずなのに誰一人としてそれに気が付かなかったことだ。
「――情けねぇな」
 しかもこの事件を知ったのは一週間前に来日したとき。ボスはヒバリに会う為なら平気で仕事を放棄し、平気で何週間も日本に滞在しようとする。普段は怒りながらもその光景を微笑ましいと思っていたが、ファミリーのことを考えればそうはいかない。だから俺は今回、甘やかさないよう仕事がきちんと片付くまで日本行きを禁止した。――思えば、これが原因なのかもしれない。

『委員長なら、しばらく学校には来られません…』

 来日して最初に聞かされたのは、ヒバリが一週間に狙撃されたということだった。何故直ぐに知らせなかったのかと、ちょうど病院に見舞いに来ていたボンゴレ10代目を問い詰めると、複雑な面持ちで彼は告げた。

『よく判らないんですけど、ヒバリさんが、絶対にディーノさん達には言うなって…』

 目の前の風景が色褪せていく。
 ――ああ、俺がいつものようにボスを行かせていれば…。
 激しい眩暈と働かない思考の奥で、ディーノの嗚咽混じりの叫び声が聞こえる。…何てことだ。ヒバリですら、自分が狙われていると気付いていたのに、俺は何をしていたんだ…。
『ヒバリさん、はじめは少し話せたんですけど…昨日から容態が悪くなって…』
 足元のおぼつかないディーノを引きずる様に病室に連れて行き、ロマーリオはヒバリの前に立った。
 あんなに…気高く自信に満ち溢れていた美しい顔だったのに、ベットで静かに呼吸しているヒバリは骨が浮かび上がりそうなほど痩せこけ、青白く、体中に様々なコードや点滴が繋がれ、何とも痛々しい姿になっていた。時々ボンゴレ10代目が近況報告をしてくれたが、俺もボスも何一つ頭に入らなかった。


あれから一週間。ヒバリはまだ目覚めない。
 灰皿に煙草を押しつけ火を消すと、メイドに部屋を片付けるよう連絡を入れ、明日の会議に使う書類を拾いだす。
「あのとき、素直に行かせてたら…今とは違うこの時間があったのか…?」
 誰に問うわけでもなく呟いたそれは、すぐに闇に熔けていった。そしてロマーリオは思った。
 月は太陽が無いと輝けないように、太陽も月が無いと、その輝き方を忘れてしまうのかもしれない―――と。

END

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