02
お手を拝借



異変には、すぐに気がついた。

己が知っている彼は、見知らぬ生徒に自ら声をかけるなんて事をしないから。まあ彼でなくても、普通は知らない人物に軽々しく話しかけるような真似はあまりしないだろう。・・・その"普通"の型を破った人物が、静の異変の正体だとすぐに分かった。

最近この学校に転入してきたとある生徒は、平々凡々な見た目に反して腕が立ち口もよく回るらしく、そのギャップにやられたのか次々と学園の人気者をおとしていってるのだ。もちろん恋愛的な意味で。

静は、生徒会のメンバーではないが役員達と仲が良かった。悪友ともいえるような関係で、静自身が人よりも頭一つ分以上飛びぬけた容姿をしていたから、周囲から一目置かれていたのだ。他人とつるむことをあまり好まないのか、自分が認めた人物以外と居たがらない彼。次々と周りの友人達が転入生に恋に落ちていく中で、静だけが転入生を好ましく思えなかった、それだけ。たったそれだけの理由で、友人達は彼から離れていってしまったのだ。数年来の絆は、たった数日の情に負けてしまったらしい。

歪な笑みを浮かべる自分を、彼の瞳越しに見つめる。泣きそうなのは内心だけで、その笑顔は飄々としているいつも通りの自分だった。


「えーっと、…コンニチハ?」

けらりと笑って返す。綺麗な二重の瞳に見下ろされて背中が震えそうになるけれど、体面を取り繕うのは得意なのだ。

「何か御用ですか? …西条先輩」
「オレを知ってるのか」

鋭い瞳が意外そうに緩んだのを見て、苦笑を零しそうになる。すんでのところでそれを飲み込んで、けらけらとした笑みを浮かべた。

「そりゃあ知ってますよ。有名ですもん」
「いや、…お前みたいな奴は、そういうのに興味なさそうに見えたからな。少し以外だっただけだ」
「ふうん? 偏見ですね。」

けらけら。色素の薄い己の瞳は、俺の持つ雰囲気と相俟って爬虫類のように残忍に見える、と言ったのは誰だったか。頭の片隅でそんなことを考えながら、意識して飄々とした笑みを浮かべる。西条先輩の眉が一瞬顰められたのをみて、すこし心臓が痛んだ。


西条先輩の親衛隊のご法度は、彼に想いを伝えることとそれに準ずる行為だ。今この状況を誰かに見られて、変な言いがかりをつけられては面倒だ。・・・まあ、俺が西条先輩の親衛隊に所属をしていることを知っている人物なんて、限られているけれど。

「…帰るのか?」

そこで不意に、再び言われた言葉に意識を奪われる。弱気な笑みを浮かべて、悲しそうに首に手を当てて目を細める彼に、ずるいと言う言葉が咄嗟にうかんだ。



好きな人にそんな顔されて、帰れるわけが無いじゃないか。



溜息を飲み込んで、何でもないように取り繕う。単に気分が変わっただけだと思わせるように、意地悪な笑顔を顔に浮かべた。

「へえ。西条先輩ともあろう人が、見知らぬ年下の生徒をナンパですか?」

すぐさま反論が来るだろうと考えて笑う。

「…そうかもな」
「は…?」

弱気な笑みを引っ込めて、俺の肩を掴んだままの手に力を籠める先輩。予想外の返答に焦る。

「そうだな…オレはいまお前をナンパしてる。乗るか乗らないかはお前次第だけどな。…どうする?」

にやりと、色気タップリに微笑まれて心臓がきゅんと高鳴った。それと同時に、ひやりとした不安にとらわれる。人の好き嫌いの激しい彼が、見知らぬ生徒を"ナンパ"するほど追い詰められているのだろうか。

転入生を見たことはないけれど、好きになれそうに無いな…なんて。

彼の手をとりつつ、そんな勝手なことを考えた。


2010/10/23


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