うちの可愛い後輩は、食堂でご飯を食べることをあまりしない子だった。
だった。そう、過去形ね。
東雲 東。
わたしの一つ下で、西条の親衛隊に所属しているというのに自らも親衛隊持ちの生徒だ。
白い首筋にながれる、色素の薄い髪の毛だとか。金糸のような睫に縁取られた、不思議な色の瞳だとか。
やたら色っぽい後輩は、けらけらと笑って人を騙すことが得意な子で。
人を蹴落とすのなんて笑いながらできるよ、とでもいう風に飄々とした雰囲気をまとっていて。
その実、とても脆くて。
そんな彼を射止めて、尚且つ恋人という座にしっかりとおさまった西条。
たしかに彼の親衛隊隊長を務めてはいるが、憧憬や恋情など欠片もないわけで。
いうなれば、尊敬していた。だから彼の親衛隊を作ろうと思った。
…というのに、その尊敬の念もそろそろ薄れてきたよ、本気で。
「なんだ? オレの手ずから食わせてやろうって言ってるのに、食べられないのか、東雲?」
どこの酔っ払いだよ。
昼食、校舎の食堂で珍しい人物が二人。
東雲も西条も食堂に滅多に現れないことで有名なのに、接点のなさそうな二人が連れ立って食堂に現れた時点で生徒たちのテンションは上がりっぱなしである。
それだけではなく、まるで性質の悪い酔っ払いのようにやたらと東雲に絡む西条。
そっぽを向いて迷惑そうにしているが、頬を赤く染めてイヤがってないのが丸分かりな東雲。
晴れて恋人同士になったと思ったらこれだよ。
西条のあの悪い顔。どうせ東雲のファンへの牽制のつもりなんだろうね。
あと自分のファンへ先手を打った、ってところだろうか。
あんな大々的に自分は東雲を大切にしてますよ、ってアピールされたら手を出そうにも出せなくなるだろうし。
ただでさえ東雲は親衛隊持ちで太刀打ちできない相手だって言うのにね。
東雲も西条の思惑に気付いているだろうに、見事に振り回されてしまっているし。
まあ、あれだけベダボレしてたんだ。当たり前か。
食後の一杯に頼んでおいたコーヒーに口をつけつつ、東雲と西条の二人を観察する。
渋々西条のあーん、を受け入れた東雲に、満面の笑みを返す西条。
あーあ、見せ付けてくれちゃって。
東雲も親衛隊で頑張ってくれてたときはイロイロしてたのに、あんなに初心な反応しちゃうなんてね。
可愛いけど食堂でイチャつくのはやめてくれないかな。
親衛隊の仕事がまた増える。
はあ、と溜息を吐いてソーサーにカップを戻す。空になったそれをひいてくれる生徒に指をふって、席を立った。
「秋園さま、どちらへ?」
わたしが昼休みの時間ギリギリまで食堂でゆっくりすることをしっている生徒が、首をかしげて問う。
「今日はもう教室に戻るよ。お前たちも解散してかまわないから」
そういってひらりと手を振り、踵を返す。背後で礼をする親衛隊の子達には悪いけれど。
「…食堂の空気が甘すぎる。」
二人の性格的に、あそこまでバカップルになるとは思わなかった。
まあ、幸せそうでなによりだけどね。
2011/4/18