なちさまへ:前
「西条、静・・・ジャマ、だな」

ぽつり、薄暗い部屋に沈んだ声がとける。
どこか虚ろで、気だるげな声の持ち主は、部屋中に貼った東雲 東の写真をうっとりと眺める。
盗撮だと見て取れる写真達。
それに囲まれる生徒の手の中には、くしゃくしゃになった西条の写真。

「さいじょう、西条、しずる、」

恨みすらもこもったような声で西条の名前を呼び、半分に破られた彼の写真を握り締める。
もう半分に写っていたはずの東雲の写真は、キレイに壁のひとつになっていた。


−−−−


とある日の朝。鳥の鳴き声と窓からさしこむ朝日をあびて目を覚ました東雲は、起き上がると同時に痛みを訴えてきた腰を手でかばった。
痛みの原因であるはずの西条が、心地良さそうにすやすやと眠っているのを見て彼の頬をかるく抓れば、痛みからか目を覚ます西条。
頬をさすりながら欠伸をこぼす西条を尻目に、東雲は純白のシーツに身を包んでベッドを降りようとする。
そんな東雲の腕をぐいと引っ張り、勢いよく腕の中にダイブしてきた東雲をそのままぎゅうと抱き込む西条。

「・・・さいじょう、せんぱい」
「もう静って呼んでくれないのか?」
「腰、いたいです、」
「さすってやろうか」

掠れた声で痛みを訴える東雲に、口端を吊り上げて笑いかえす西条。

「いやな予感しかしないので、えんりょしておきます」
「そりゃ残念。」

ちっとも残念そうじゃない顔で、東雲にまわした腕の力をこめる。色素の薄い髪の毛に鼻先を埋めて、朝のまどろみを堪能する西条。

「せんぱい、もう準備しなきゃ、」
「そうだな・・・。・・・」
「・・・、せんぱい?」
「・・・もうちょっと、このまま」

どこか甘い西条の声に、東雲は無言で体から力を抜く。

チュンチュンと、可愛らしい鳥の鳴き声をBGMに朝のひと時が過ぎていった。


−−−−


あのあと、あと少しを何回も繰り返す西条を振りほどいてシャワーを浴びた東雲は、痛みを訴える腰を無視して、寮から学校への道を歩いていた。

風にゆれる色素の薄い髪の毛が、朝日に透けて淡く輝く。
すこし伏せ目で歩く東雲の周りは、東雲の親衛隊の生徒達が囲っている。

親衛隊の生徒達の隙間から垣間見える、東雲の白い横顔を見つめる登校中の生徒たちは、東雲の近くにいることの出来る親衛隊たちを羨ましそうに眺めていた。

何も喋ることなく歩いていた東雲が、ふと顔をあげる。一人の親衛隊をみつめる東雲に、見つめられた生徒が頬を染めて首をかしげた。

「どうかしましたか、東雲さま」
「君、初めてみる顔だ。」
「は、はい! 今日からここに加わることになった今田です!」

ここ、とはつまり東雲の登校を囲う一団のことだろう。
頬を染めて満面の笑みを浮かべる生徒、今田に東雲がすこしだけ首を傾ける。
そのまま薄い唇を吊り上げて、嫣然とした笑みを浮かべた。

「そう、宜しくね。」
「は、はい!」

間近で東雲の笑みをうけた今田は、益々頬を赤く染める。
可愛らしい様子に微笑を浮かべて、東雲が歩みを再開させればしっかりと着いてくる親衛隊の生徒達。


寮から学校までの短い距離を送り届けた生徒達は、東雲の靴箱の前で立ち止まる。

「毎朝ありがとう。」

目を細めて、生徒達をみつめる。笑みの形に唇を吊り上げて微笑んで見せた東雲に、親衛隊の生徒達は一様に頬を染めた。

こんな仰々しい登校を東雲がよしとしているのは、過去に何回か登下校中に襲われかけた経験からだ。
どれも大事に至ったことはなかったが、最後に襲われかけた現場を西条親衛隊隊長である秋園に目撃され。次の日にはどこからか情報を仕入れたという東雲の親衛隊たちが、登下校だけでも行動を共にしてくれと嘆願してきたのだ。
どこから情報がいれられたのかなんて一目瞭然であるが、まあ。秋園もきっと東雲を心配してのことだろう、と東雲は大人しく親衛隊の願い出を受けることにしたのだ。


同じ生徒、たかが顔が他よりも整ってるだけの俺をみつめて、なにがそんなに楽しいんだろうね。
内心の溜息を噛み殺して、笑みの形を保ったまま靴箱を開く。

バサッ

「・・・?」

するりと、靴箱の扉の隙間からなにかが落ちてきた。東雲の代わりに拾おうとした親衛隊を押しとどめて、首をかしげつつそれを拾う。

すこしだけ重たくて、ぶあつい便箋。
淡い水色をしたそれに、東雲が益々首を傾げる。
ワープロかなにかで打ったのだろうか、飾り気のない明朝体で「東雲 東」とだけ記されたそれ。送り主の名前はない。

親衛隊の生徒達が見守る中で、手紙の封をきる。

「・・・ッ?」

手紙のなかにおさめられていたのは、大量の写真だった。

親衛隊たちに囲まれて下校する東雲。授業中に屋外から撮られたのだろう、ペンを握る窓ガラス越しの姿や、ジュースを飲んでいるだけの姿。他愛のない日常風景を切り取ったかのような写真達のなかに、紛れる異質。

着替えをしている最中の写真、水泳の授業中にでも撮られたのだろう水着姿の写真。酷く至近距離で撮られている、無防備に眠る姿。

いちまい一枚を確認し、表情をけわしくしていく東雲に周りの親衛隊たちが何事かと眉をひそめる。

大量の写真の最後に、一枚の手紙。
便箋と同じものだろう、手書きではないそれでただ一言、「あなただけみてる」とだけ綴られたものだった。

「、ん・・・?」

最後だと思っていた手紙の後ろに、もう一枚の写真。

「、これ、・・・は・・・」


いつものけらりとした作った笑顔じゃない、酷く幸せそうに笑う東雲の写真だった。
これだけは東雲以外の人物がうつっていた。・・・うつっているべき、と言ったほうがいいのだろうか。

写真の中の東雲の傍らにいるべき人物は、マジックで黒く塗りつぶされていた。

息を呑む。無感動に己がおさめられている写真を眺めるだけだった東雲の指先が、かぼそく震えた。
黒く塗りつぶされたそれに、とてつもない悪意を感じて。


西条が写っているはずのそこを、震える指先でそっとなでた。


2011/4/11


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