こたさまへ
第一印象はあまりよくない。けらりけらり、まるで人を惑わす狐のように笑う子だと思った。

名前だけはよくみかけていた。
学年ごとに張り出されるテストの結果で、一位と書かれた毛筆の下。自分が二年にあがったばかり、彼が入学したてのころからずっと一位に君臨し続けるその名前に、頭のいい子が一つ下にいるようだ、と頭の片隅で考えたことがある。生徒数の多いこの学校で、一位をキープし続けるなんてたいしたものだ。
ざわりと揺れる廊下でひそやかに囁かれる名前に、ああ頭の良いあの生徒はどうやら顔もよろしいらしい、とも知った。



「東雲 東といいます」

けらり、笑ったその子は、聞いたことのある名前を名乗って。しかし初めてみた容貌になるほどと一つ頷いた。色素の薄い流れるような髪に、切れ長の瞳。つんと高い鼻の下で、薄く釣りあがる形のいい唇。騒がれるだけの容貌、確かにキレイな顔立ちをしていた。けれど。

「入隊? 東雲は親衛隊持ちだろう?」

親衛隊持ちとよばれる容貌の整った生徒達は、暗黙のルールかなんなのか、どこかの親衛隊に入隊することはまずない。そう言葉を投げかければ、アシンメトリーにカットされた髪の下で、整った容貌が狐のように歪んだ。

「関係ありません。それとも、親衛隊持ちは入隊禁止ですか?」
「そんなことはないよ。西条のことを慕い、入隊の意志があるなら誰でも入隊できる」
「なら、」
「だから、面白半分に入隊の許可はだせない」

東雲の言葉を遮る。人を騙すのがスキそうなこの生徒に、果たして本気で入隊の意志があるかどうか。面白半分に、からかいで入隊されてはたまったものじゃない。
そう考えていった言葉だったが、どうやら失敗だったか。
けらけらと笑みを浮かべていた東雲の表情が歪んだ。しかし一瞬で元のけらりとした笑みを浮かべてみせた東雲は、どうやらポーカーフェイスが得意なようで。ああ、でも。一瞬でも歪んだ表情を表にだしてしまっているから、そうでもないのかな。

「本気です。」

けらりと笑った唇の上。薄い色の瞳が、真剣にこちらを見ていた。

少し息を吐いて、東雲の目を見つめ返す。どうやら想いは本物らしく、人形のように綺麗に微笑んだ顔の中で、瞳だけが人間らしくぎらぎらと輝いていた。

ならば。

「入隊する前にまず、最低限守って貰いたい事がある。」

この隊の絶対の決まりごと。西条に想いを告げてはいけないよ。想いをどこかに吐き出すこともできないこの親衛隊で、君はなにをしたい?

ひたすらにまっすぐな瞳に、ゆるりと微笑んでみせた。


―――――


西条の親衛隊に入隊した東雲は、表向きには西条となんの関わりのない生活を送っていた。送ってもらっている、というべきか。その人気さを利用させてもらうことにしたのだ。なんにかって? もちろん制裁に、だよ。

人当たりよく微笑む東雲の周りにはいつも、何人かの生徒がまるで東雲を守るかのように立ち塞がっている。しかし、元々東雲は一人を好むのか、授業をサボるとき、図書室に行くときはなにかしらの理由をつけて一人で行動しているらしい。特に図書室は誰にもバレないように、こっそり委員活動にはげんでいるのだとか。人気者はツライ、ってことなんだろうね。わたしは周りに人がいることに慣れてしまったけれど。


「東雲、お仕事だ」

親衛隊の仕事を任せるのは、大抵東雲がかならず一人でいる図書室。
失礼なことはわかっているが、東雲は図書室が似合わない。体育会系だから、というわけではない。どちらかというと室内で大人しくしていそうではあるが、飄々とした態度のせいで図書室よりも人と遊んでそうなイメージのほうが強いのだ。それこそ、親衛隊のだれかの部屋にいる図の方がしっくりくる。

ぱらりと本を捲っていた細い指をとめて、東雲が顔を上げる。お仕事という言葉とわたしの姿をみて、そのまま栞をはさんで本を閉じた。

「名前は?」
「1−B、田中。」
「ああ、…。あの生徒ですね。理由は?」

端的に名前を告げれば、東雲は金糸のような睫毛を少しだけ伏せて、すぐに目を開く。東雲の、隣のクラスの生徒。思い当たったのだろう、一つ頷いて先を促す。名前さえ告げれば、制裁をすぐに引き受ける子達のほうが多い親衛隊の中で、東雲は理由もしっかりと聞くタイプの親衛隊員だ。なんとなく理由はわかる。半年くらいみていてわかったことだが、東雲はひどく弱い。
けらり、狐のように笑って平気で嘘をつく。猫のように目を細めて、人を惑わすことに長けた子だ。
本当は平気ではないのだ。制裁を下した後にみせる、苦しそうな表情。一度だけ見た西条を見つめる東雲の横顔は、こちらのほうが辛くなるほど悲しそうに笑っていた。
優しい子。制裁なんて本当はいやなのだろう。

でもそれは、他の誰かも一緒で。制裁を楽しんでしない生徒は、東雲以外にもいることは確かで。

「西条宛に計十通のラブレター。一通目できちんと西条は返事を返しているし、四通目で直接断りに行った。けれど、その直接会いに行ったことが原因で悪化。西条と喋れたことで、彼が手の届かない存在じゃないのだという思いを深めたようだね。いま田中の頭の中では、田中と西条は付き合いだして一週間だそうだよ。」

だから。

「東雲、彼の目を覚ましてあげてくれるかな。」

色素の薄い瞳がうつむく。それも一瞬で、東雲はけらりと微笑んで小首をかしげる。

「方法は?」
「方法は…おまえに任せるよ」

ふうん、首を反対側に倒す。三日月のように唇をゆがめて、東雲は笑った。



次の日、田中は東雲の親衛隊に入隊していた。なにをしたかなんて、野暮なことは聞かないよ。

厄介な制裁対象は東雲にまかせる。そのために図書室に言っていたある日のことだった。


「東雲、」
「なんですか?」

図書室から漏れ聞こえる、聞き覚えのある声。…西条? 不躾ではあるが、こっそりとのぞいた図書室には西条がいた。席に座り込んで、窓の外を見つめる西条。その隣、ではなくカウンター席に座って西条に言葉をかえす東雲。

空を見つめる西条の横顔は、ひどく穏やかで。
けらり、笑ってみせる東雲の瞳が、幸せだと微笑んでいて。


いつ知り合ったのだろう、とか。どういう関係なんだ、とか。そういうことを飛び越えて、幸せそうな二人をそのままにしておきたいと思った。東雲の横顔をもう一度だけ見つめて、踵を返す。次のお仕事は、最近仲良しの生徒会の奴らと喧嘩して寂しがってる、西条のお話し相手、とかそんなところかな。

外に出た辺りで、ふと笑みがこぼれた。

制裁の報告をするたびに一瞬だけ顔を歪める彼が。けらりけらりと、人を騙すように笑う彼が。

悲しそうに西条を見つめて笑う、東雲が。


しあわせになればいいと。

見たことのない西条の穏やかな表情を思い出す。生徒会の奴らといるときも、きっと見せたことがないだろうそれ。


窓の外がよく見える席。入り口の近くに在るカウンター席。
二人が並んで、笑い会えるのは。


(きっと遠くない未来)


なぜだか、そう確信していた。




2011/2/28


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