01
きらい、にがて



「なーコノエ先輩」
「…ん?」

今池の短い髪を梳くように動かしていた手を止める。少しだけ首を傾けて今池の顔を覗き込むようにして見つめるコノエ。…生徒会書記を務める、結城コノエ。伸びた前髪の下で翡翠色の瞳をゆったりと和ませる、大型犬のような男である。

気持ち良さそうにコノエに髪を梳かれていた今池が、コノエを見つめる。

「静先輩って、もしかしなくても、おれのこときらい?」


生徒会室の時が止まった。
誰も思っていながら決して口に出すことはなかったそれを、今池は天気でも語るようにあっさりと言ってのけたのだ。コノエが困ったように視線を逸らす。遠矢 ― 生徒会会計の任に就く春野遠矢 ― が、コノエに代わって今池に声をかけた。ちなみに副会長の秋山紅葉は給湯室にお茶を淹れに行っており、会長の坂上亮は書類仕事に嫌気が差して脱走中である。

「え、えーっと、潤、そういうのはコノエじゃなくて本人に聞くのが一番だと思うなっ」
「静先輩、話しかける隙もなくおれの前からいなくなるんだもん…」
「あーあー、えっと…」
「なあ、おれ嫌われてるのかな…」
「そ、そんなことない、ような気がしないでもないような…嫌われてるというか…苦手意識…?」
「苦手意識?」

首を傾げる今池。今池につられて、遠矢を見つめながらコノエも首を傾げる。ソファに座ってこちらを見つめながら首を傾げる二人に、遠矢は困り果てていた。仮眠室から漂ってくるオーラも怖い。仮眠室には西条がいるのだ…恐らくこの会話でも聞こえてているのだろう。仮眠室にオレがいるって言うなよ、無言の牽制が扉を越えて遠矢の背中に突き刺さる。


前方から向けられる無垢な視線。後方から向けられる刺すような気配。

ごくりと、唾を飲んだ。

「…仮眠室に本人がいるから…聞いておいで…」

無垢な視線に折れた遠矢の掠れた声が、力なく仮眠室をさした。それに反応してサッと素早くソファを立ち上がる今池。コノエはぱちぱちと瞬きを繰り返して、ソファを座りなおし項垂れる遠矢を見つめている。

今池が辿り着く前にガチャリと開いた仮眠室の扉から、西条が出てくる。眉を顰めて遠矢を一瞥し、迫る今池を見て外へ続く扉へ足を向けた。

西条の誤算は、今池の力が思った以上に強いことである。

「…離せ」
「いま離したら、静先輩に話しかけるタイミングがもうない気がする」
「……」
「なあ、先輩っておれのこと…嫌いなのか?」

肘の辺りをがっちりと掴まれた西条。今池の真剣な表情をみて、溜息を吐いた。キライなわけではない。遠矢が言っていたように、苦手なのだ。彼の突飛な行動が。

出会いからして最悪だったが、まあすぐにも親衛隊の恐ろしさを理解して自分達から離れていくだろうと思っていた。がしかし、その予想を裏切り今池は今も生徒会室にいる。
元々紅葉やコノエは人懐こい性格をしていたから、生徒達に敬遠される中近付いてきた今池に甘いのもわかる。親衛隊になにをされてもあっけらかんとした様子の今池の、その豪胆さを亮が気に入ったのも、なんとなく理解できる。綺麗なものが好きな遠矢が今池のことを何で気に入ったかは推し量れないが、遠矢なりに感じるところがあったのだろう。生徒会の奴らが今池を気に入ろうが何だろうが、構わない。

ただ、オレは。

「なあ、静先輩」

ぐい、と掴まれた腕を引かれる。

オレは、こいつのこの距離の詰め方が気に入らない。行き成り一足飛びに内側に飛び込んでこようとする、遠慮の無さ。'先輩'をつけてはいるが、敬語の一つも使えないのかいやに砕けた口調。
…敬えとまでは言わないが、ほぼ初対面に近い相手にタメ口をきける神経を理解できないのだ。
生徒会の奴らとどれだけ仲良くとも、それはオレとも仲が良いというわけではない。仲良くする必要も、ない。

「触るな」

力を籠めて、今池の手を振り払う。力が強いといっても、今池の体格にしては、である。ふらりと今池の身体が傾く。
乾いた音を立てて弾かれた己の手を、呆然と見つめる今池を見下ろす。コノエが不安気な視線を、遠矢が非難の視線を向けているのを感じた。


「っ何してるんですかっ!」

溜息を吐いて踵を返そうとした瞬間、玄関から紅葉の声が響いた。驚いて視線を向ければ、カップの乗った御盆を今にも落としそうなくらいに動揺した紅葉の姿。

靴箱の上に御盆を荒々しく載せてこちらに駆け寄ってくる。…正確には、今池に。

「静っ、貴方自分と潤の体格差をわかってるんですかっ!」
「…紅葉、」
「…っ、貴方が潤のことを苦手に感じているのは知ってます。仲良くしろとは言いません。」

今池を背にかばって、紅葉がきっと睨み上げてくる。

「ですが、今回のことは見逃せません。…すこし、頭を冷やしてきなさい。」

いつものおっとりとした空気の欠片も見せず、紅葉が静かに言う。紅葉の背後から伺うようにこちらを見ている今池に、苦々しい気分に陥った。


踵を返す。扉を開けて、生徒会室から出た。


2010/12/19


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