思う、想う
何度瞬きしても、目の前の西条先輩の真剣な表情は揺るがない。
ぎゅ、と拳を握り締める。溜息を吐いて、握った拳を解けば顔から消えていた笑みがゆるりと戻ってきた。
「そういう冗談は、すきじゃないんです。先輩」
「っ、冗談じゃねえっ」
「…せんぱい、」
けらりと笑う。
藤崎だけじゃない。俺は今まで、何人もの生徒に制裁を下してきた。そんな俺が、今更。…いまさら。
「っなんだよ!!」
開きかけていた口を閉じる。先輩と二人、声を上げた今池を見つめた。
「静先輩、…っ東雲のことが、すき、なのか…!?」
呆然としたように、しかし激昂したままに叫ぶ今池。今池は、生徒会の奴らと近しいことを理由に親衛隊から制裁を受けている。切なさを滲ませた叫びに胸が痛くなった。
西条先輩がなにかを言おうと口をひらく。しかしそれにさえも否定するように首を横に振って、今池は西条先輩が言葉を紡ぐ前にぐい、と先輩の腕を引いた。
突然のことに先輩の身体が傾く。ただでさえ今池は馬鹿力の持ち主なのだ、グラついた先輩を自分の方に向けて、ぎゅうと今池が先輩の胸に抱きついた。
「なんで、東雲なんだよっ! 今まで一回も仲良いとか、そんなこと言ったことなかったのに!! 東雲が、…東雲がキレイだからっ!? なんで東雲を、なんで…」
なんで、
今池の叫びに、背中に回された腕の力に、…西条先輩が身体を震わせる。俺はそれを眺めて、眺めて。
けらりと、笑みを零した。耳を塞ごうと動いた腕を、押さえ込む。
「なんでっ、…親衛隊なんかをっ!!」
ずきりと痛んだ胸は見ないふり。見ないふりも、嘘も、笑顔を浮かべることも。
全部、俺の特技だから。
「おれだって…! 静先輩のことが…すきなのに…っ!!」
今池の最後の叫びには、すこしだけ涙が混ざっていた。
俺は西条先輩の親衛隊だ。他の華やかなそれよりも地味で、恐らく一等厳しい規律を掲げているところ。入隊する前にされる意思確認。
一年前。記憶の中にある秋園先輩の、凛とした声が耳の奥に響いた。
想いを決して伝えてはいけないよ。
笑う。笑う笑う笑う。…わらえ。
困惑する先輩。感情が昂ぶるあまり、小さく泣きだした今池。
二人を眺めて、けらけらと笑声をあげた。喉が引き攣る…なんてことはない。
「先輩のこと、すきじゃないんです。」
俺の言葉に、今池が先輩の胸から顔を上げる。涙に目を潤ませて、喜色を表情に浮かべて。
「そういう愛憎劇、図書室でしないで貰えますか?」
「…東雲…」
「図書室のルール知ってますよね。騒ぐのは禁止、ですよ。」
「…東雲、」
「わかったら帰ってください。今池と、二人で。」
「っ東雲!」
「っ、帰ってください!」
「、っ、…」
「あ、…」
口元を押さえる。俺なんかの名前を、何度も呼ばないで。つい出してしまった大声、先輩が小さく息を呑む。
「…わかったら、帰ってください。」
「……」
声が震える。顔は笑ったまま。なんてアンバランスなんだろう、心と身体が別の動きをする。
「めいわく、…なんです」
小さく呟いた言葉に、胸から今池を引き離して西条先輩が歩き出す。
俺の、横をすり抜ける。
無言で歩いていく先輩。背中で扉の開く気配を感じた。
今池が慌てて先輩を追いかけていく足音が、遠ざかっていく。
2010/11/17