17
混乱する



「、東雲」

息を乱した先輩が、幽霊でも見たかのような表情で俺の名前を呼ぶ。しばしの沈黙。こちらを凝視する目に耐え切れず けら、と笑みを浮かべれば、先輩は弾けるようにこちらに駆け寄ってきた。咄嗟に逃げようと足を動かしかけて、諦める。この図書室の出口は一つ、たった今先輩が入ってきた扉だけなのだ。窓から逃げようとしても、ここは2階なのでムリだ。図書室内を逃げ回ったところで、いつか捕まってしまうのは目に見えている。

駆けて来た先輩が逃がさないとでもいうように強く腕を掴む。それに軽く眉を顰めて、しかしすぐにけらりと笑みを深める。


「先輩、お久しぶりですね。」
「…なにが、」
「最近、今池とか生徒会役員たちとも仲直りしたって聞きますよ、良かったですね」
「…、東雲…」
「どうしたんですか、怖い顔して。…西条先輩…?」
「東雲!」

びくりと肩が震える。一層強く握りこまれた腕が、鈍く痛みを伝えてきた。それでも笑みを浮かべる俺は、この人の目にどんな風に映っているのだろう。


「なにが久しぶりだ…お前、オレのこと避けてただろうが」
「…な、んのこと、ですか」
「とぼけんじゃねえ。急に図書室に来なくなりやがって…。廊下でもたまに姿を見てたのが最近じゃパッタリみねえし。…避けてる以外になにがある?」
「……偶然、ですよ。」

けら、笑みが崩れかける。口の中がからからに乾いてる気がして、言葉を紡ぐのが難しかった。それでもそう返事を返せば、掴まれていた腕を離されて胸倉を掴まれる。そのまま引き寄せられて、ありえない至近距離で西条先輩の顔がくしゃりと歪んだ。

「東雲、お前…っ」

ガタンッ

「静先輩っ! に、東雲!? ちょ、なにやってんだよ!」
「っ、今池…っ!?」

普段は静かに開閉する扉が、盛大な音を立ててスライドした。現れた平々凡々な顔立ちの生徒は、ぎょっとした顔で西条先輩と俺を見つめる。そのまま駆けてきて、その馬鹿力でもって俺と先輩を引き離した。今池、西条先輩が驚いたような表情で呼びかける。今池はそれに反応して、西条先輩と向き合った。

「急にこの洋館に走っていくからみんな驚いてたじゃんか! しかも追いついたと思ったら東雲の胸倉掴んでるし! なにやってんだよ静先輩!」
「今池…先行っとけって言っただろうが…」
「あんな切羽詰った顔した静先輩を置いていけるわけねえだろ!」

二人が話しをしている間に、乱れた胸元の制服を正す。西条先輩の歪んだ表情にぎゅうと胸が痛くなった。その反面、己が先輩の顔を動かしたことに喜んでいる自分がいて、泣きそうになった。歪んでるその表情にさえ喜ぶなんて、…浅ましい。

きゅと唇を噛み締めて、二人が言い合いに夢中になっている今のうちに、と体を少しずつ扉の方へ動かす。一度グラついてしまった今の状況で、再び西条先輩と話をする勇気はなかった。かといって二人が言い合っているのを見続ける気もない。喧嘩のようではあるが、そもそも西条先輩は口喧嘩ですら他人を避けていたのだ…二人が何か言葉を交わすたびに、その気安さを見せ付けられているようで気分が悪かった。自分勝手なんてわかってる。


「東雲、逃げんなよ」
「っ、」

この人は背中に目でもついてるんだろうか…? 駆け出しかけた足が、ぎくりと止まる。どくどくと鳴る心臓を制服の上から押さえて、息を吐き出す。

「話に夢中そう、だったんで…。」

けらり。背中を向けたまま、笑声だけ漏らす。その声すら震えている気がして、顔を歪めた。二人からは見えてないだろうから、大丈夫だとは思うけれど。

「気にしないで続けて、…ください。…それに、」

ぎゅ、拳を握って解く。くるりと体を回して、二人に向き合った。けらり。ねえ、俺ちゃんと笑えてる?


「俺、……西条先輩の親衛隊なんで。」

瞠られる二人の目。それにわらいかえす。


「今池と一緒の空間にいるなんて……耐えられない」

親衛隊に所属してるなんて言うつもりはなかった。…まあ後者は本音だけどね。

そう言って笑みを深めれば、今池の顔がさっと怒りに染まった。ぎゅと拳が握られたのが視界に入ってひやりとする。今池の馬鹿力を発揮されるのは回避したい。

「…だま、してたのか…っ!?」

返事を返さずにけらり。

「おれが何も知らないで話しかけるの、裏でわらってたのかよっ!?」

今池が詰め寄ってきて、先ほどの西条先輩と同じ場所を鷲掴む。笑みを崩さない俺をみて、振り上げた腕を止めた。

「っくそ、静先輩、行こう! こんな、…こんなヤツと一緒になんておれも居たくないっ!」

腕を下ろして、俺を突き飛ばすようにして胸倉を掴んでいた手を離す。吐き捨てるように言われた言葉に、西条先輩の反応の方が気になってずきりと胸が痛んだ。

「静先輩? どうしたんだよ、」
「すきだ」
「え、…?」

今池に腕を掴まれた先輩が、ぽつりと呟く。すきだ、俯きながら零されたそれに、今池の顔がわかりやすく変化した。喜色に染まった今池の顔。

…なに、それ。

告白? なんでここで、そんなことするわけ。意味わかんない。笑みが崩れる。引き攣った頬に力をこめて、笑おうとするけどムリだった。今池の表情から、好きな人が先輩だとすぐにわかる。西条先輩は俯いたまま、腕を掴む今池の手に手を重ねた。

……やだ、。

「すきだ、……東雲」

………。

え…?


ペリッ、と手を重ねて今池の手をはがした先輩が、こちらを向く。無表情に言う先輩。…え、なにこれどうゆうこと。

「すきだ」

え、ホントに…、え…?


2010/11/13


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