制裁
「この情報を受け取った君は、西条の親衛隊隊員としてなにをすればいいか…わかるね?」
にこりと笑った秋園先輩から、遠回しに下された命令。それに薄い笑みで応じて、返事をしないまま踵を返す。引き止める声はない。きっと振り返れば秋園先輩の満足そうな笑みでも見れるんだろうけど、興味ないしね。
…うん、ストーカーだって。西条先輩に。
親衛隊からの制裁覚悟で西条先輩に告白して、断られた生徒がやっているらしい。制裁覚悟で、ってすごい度胸だよね。まあ結局断られてしまって、しかし未練の余りストーカー染みた行為をするようになってしまったのだからなんとも言えないけど。
とにかく、先輩の私物を盗み出したり、一日に何度も…何処からアドレスを入手したのかは謎だけれど、先輩にメールを送っているらしい。いい加減西条も苛々しているのが分かりやすくなってきてね、とは親衛隊隊長でもありクラスメイトでもある秋園先輩の言である。
まあつまり、制裁対象ですよ、ってこと。
しかし、相手は制裁覚悟で告白をしたほどの人物だ。通常の暴力等に訴える過激な制裁では屈しないのでは、と隊長は考えたのだろうと察しがつく。あの人は用心深いから、必要以上の人に必要以上の暴力を加えようとはしない。うちは一応言葉での忠告からはじまり、徐々にエスカレートしていくタイプの親衛隊なのだ。
相手は忠告を全く聞きそうにない。寧ろ証拠写真を提示してもしらばっくれているらしい。このままだと、恐らく暴力等の制裁に発展してもすぐに結果は返ってこない。…そういう面倒な生徒の制裁は、俺に任されてたりするんだよね。
……いくら今、俺が西条先輩を避けている事実があろうと、俺が西条先輩をスキなことは変わらないから。
西条先輩を害するなら、それを排除することを…途惑わない、よ。
軽い足取りで教室へ向かう。例の生徒は驚いたことに、俺のクラスメイトだった。余り目立つタイプの人間じゃない。けれど、常に連れ立ってる友人が2名くらいいる極々普通の生徒。人間ってホント、なにするかわからないから怖いよねえ。
教室の前に立って、浮かべていた薄い笑みを消す。
指先から、震えがはしる。西条先輩のことはスキ。けれど、スキが大きくても制裁することへの戸惑いは決して消えることはない。イジメを率先してしたがるほど、曲がった根性はしてないつもり…なのだ。
ガラ
乾いた音と共に扉がスライドする。雑談に揺れていた教室が、一瞬パタリと音を消した。こちらを見つめるクラスメイト。その中から何人かがこちらに歩み寄ってくる。
「東雲くんっ」
「おはよう、今日はもう来ないかと思ったよ」
「次は数学だけど、教科書持ってる?」
笑顔で話しかけてくる生徒達の顔を順番に眺めてから、返事をせずに俯いてみせる。教室には一歩も入らず、無表情のままそうすればざわりと空気が揺れたのがわかった。
「東雲くん? どうしたの?」
「気分でも悪いの?」
「なにかあった? 大丈夫?」
彼らは俺の親衛隊に所属している生徒達だ。心配そうな顔色で必死に話しかけてくる声に応えるように、視線をあげる。次の瞬間に一点を見つめてわかりやすく顔色を変えてみせれば、生徒達が俺の視線を追いかけるのがわかった。
「…藤崎…?」
視線の先にいた生徒の名前を、誰かが呼ぶ。俺から藤崎とよばれた生徒にみんなの視線が移動した。藤崎、ふじさき。今回の制裁対象の名前。
「…っ、」
頃合をみて小さく、だけれども近くの生徒達には聞こえるよう息を呑む。藤崎から視線を再びこちらに戻すのを見計らって、己の肩をぎゅっと抱く。目に見えてわかるように体を震わせて、顔をまた俯かせる。
一連の動作で、生徒達はなにかを察したようだった。
藤崎を見る目が、変化する。
「お前、…まさか」
「な、なにがだよっ、意味わかんねえ…!」
「意味わかんないのはこっちだよ! 東雲くんに…なにしたのっ!?」
「東雲くんに!? なんも、してねえよ!」
ざわり、ざわり。揺れる教室。嫌悪にも似た視線を一身に浴びて、藤崎が顔を青褪めさせる。本当になにが起こってるのか理解出来ないのだろう。
「そういえば、お前さっきの授業いなかったよな」
ざわり。決定打のようにも思える言葉。
「そ、それは! …その、」
言いよどむ藤崎に、教室にいた殆どの生徒達が顔を歪めた。
……さっきの授業中は、藤崎は親衛隊に呼び出されてたって言うのにね。まあ、藤崎もさっさとそれを言えばいいのに言いよどんだりするんだから…馬鹿みたい。
計画通りに動いてくれる生徒達を、眺める。
まだ初期の忠告の段階だとしても、親衛隊に目をつけられてるなんて知られたくなかったんだろうね。暴力は怖くなくても、友達が離れていくことは怖いでしょ? 怖くなくても、今回のこの騒ぎで君の友人達は離れていくだけじゃなく、もしかしたら君を排除しようと動くかもね。
顔が整ってると、こういう時に贔屓されやすいんだ。まあ普段から人当たりよく動いてたから、俺。
勝手に激化していく藤崎への非難。教室の真ん中で、震えるように目を瞠る藤崎。
自分のことに忙しかったら、西条先輩のストーカーなんてしてられないよね。
藤崎への罵倒。非難の視線。藤崎から隠すように俺の周りに立つ生徒達。
悪役よろしく、嘲笑でも浮かべればいいのだろうか。
(震える己の指先を、見ない振りした)
2010/11/8