こぼれる、
誰かに、髪を撫でられた気がした。
「―…っ! しの…めっ! …東雲!」
「ん…」
「こんな寒い日に屋上で寝んなよなっ!」
「…いま、いけ…?」
痛む頭を押さえて起き上がる。冷気に晒されていた身体がぶるりと震えた。
ぱさっ
「え、?」
起き上がると同時に、軽い音を立ててなにかが身体の上から滑り落ちた。首を傾げる今池をよそにソレを拾い上げる。広げたそれは、紛れもなくこの学校のブレザーで。…今池の、ではないな。きっちりとブレザーを身に着けている今池を横目で確認する。
じゃあ、いったい誰のだ?
寝ている無防備な姿を誰かに晒したなんて、失態。眉を顰める。ブレザーのサイズは大きめだ、少なくとも俺のよりは大きい。「東雲っ!」と先ほどから煩い今池を放ってぐるぐると考え込む。
そのとき不意に、一陣の風が吹いた。
「っさみぃ! なんだ今の風……、東雲?」
頭の芯が痺れるような、甘い香り。風と共に届いたその香りに目を瞠る。
この…香りは…。ぎゅうとブレザーを抱き締める。口からけらけらと笑声が零れて仕方ない。
「ん…? あれ、この匂い」
笑い出した俺にぎょっとしていた今池は、しかしブレザーに鼻を近付けてすんと香りを嗅ぐ。
「静せんぱいの…か?」
けらけら。ねえ、西条先輩。気に入った人しか、下の名前で呼び合わなかったよね。ブレザーを抱き締めたまま、けらけらと笑い続けた。
髪を撫でる柔らかな感触。あれが、手放した掌の温かさだというのなら。
涙は出ない。だって、悲しくなんてない…から。
先に手を離したのは俺。けらけらと口から零れる笑いはあれど、目から落ちるしずくなんて存在しない。
―…存在しない、はずなんだ。
2010/11/5