(主人公視点)
小さく溜息を漏らす。
掴まれていた手首に視線を落として、遠ざかっていく背後の気配に安堵した。
いまの雨宮に、不思議なことではあるが、害意がないことはなんとなくだが感じ取っていた。
しかし、それでも一度害を加えられたことのある相手と二人きりというのはなかなか辛いものがある。転校生と保健委員長に会うまでなら彼は自分のことを「桂木陸」だと認識していなかったから、かろうじて一緒にいられた。
いくら雨宮が手のつけられない不良だとして有名でも、見知らぬ生徒に突然手をあげるような荒くれ者には見えなかったからだ。
そっと頭に手を這わせて腫れた部分に触れたら、意外にまだ痛くて慌てて手を引っ込めた。朝、というには少し遅い時間に起きた今朝、寝ている間にとれてしまったらしい包帯の存在をすっかり忘れてでてきてしまった、らしいことに今気付く。昨日コップの破片が掠って出来てしまった額の怪我は、すでに瘡蓋を被っているから放置しても大丈夫だろう。
重い足をゆっくりと前に進める。今日何回全力疾走しただろうか、とにかく、疲れた。
手に視線を落とし、保健委員長に渡された書類を見つめて、再び溜息。
保健委員長、か。
全身を青い色で着飾る彼は、変人で有名なのだ。
俺たちに着いてこようとした瞬間かれに呼び止められた転校生にすこしだけ同情する。他人とあまり関わらない俺に届くほどの変人っぷりを見せ付ける保健委員長・・・神崎一先輩は、恐らく学園の中で敵に回してはいけない人のトップスリーにはいる・・・らしい。あくまでも風の噂ではあるが、彼は学園中で起こったことを把握し得る情報網を持っているらしく、目をつけられたが最後、過去の汚点やら秘密などがあっという間に周囲に流布され、それはそれは精神的な苦痛を味わうとか。
そこまで考えて、ふと足を止める。
つまりそれは、ええと。・・・さっき己がおそ、・・・襲われた、こと、だとかも・・・把握している、ということだろうか・・・。
ニィ、と性質の悪い猫のように吊り上げられた唇を思い出す。
・・・・・・男として、その過去を消し去ってしまいたい、と思うのは当然のことだと思う。
2010/08/03/