83
(一年不良視点)



苛々。
イライラ。
いらいら。


気まぐれで見知らぬ生徒を保護・・・、まあ保健室か寮部屋に連れて行こうと思ったら、そいつがまさかの生徒会書記である桂木陸で。

保健委員長だという、青い髪に青い目の奇抜な格好の生徒 ― あの小柄さで三年だという、信じられねえ ― に有無を言わさぬ笑顔で桂木陸だと知れたそいつを保健室に連れて行けと押し付けられた。(しかも道哉のことをその三年生のところに置いたままで。)


確かによくみりゃあ、体格は桂木陸・・・っぽい。

だけどオレはどうしても、こいつがあの生徒会書記サマだとは信じられねえ。


オレの知ってる桂木陸といえば、無駄に長い前髪といけすかない淡白な態度、の二つ。
前髪が長くて、顔を見たことはない。確かに雰囲気だとか、前髪の下にのぞく鼻や口唇は整ってたからそれなりの容姿をしているのだろう。髪の毛もただ長いだけじゃなくてツヤツヤしてたしな。・・・だが、それだけ。

無口で、他からのアクションになにも興味を持たない人間。オレがあいつを殴った時だって、壁に押さえつけられる己の肩を一瞥しただけでぼんやりとしていたし。びびったような態度もせず、かといって反撃に出るでもねえ。喋りもしねえあいつは、ただ綺麗なだけの人形で。
― 人形に興味なんか出るはずもなく。


でも、今目の前にいる(仮)桂木陸は、人形じゃなかった。



オレが握ってるこいつの手首は、そりゃあびびるくらい細いけれどちゃんと温かいし。前髪を切ったのか、よく見える表情は青白く、そして瞳は動揺に染まっていて。人形みたいな冷たい顔ではない、マイナスの感情ではあるが人間らしい表情をしていて。殴ったときはなにも反応をしなかったから、他人からなにされても気にしない人間だと思いきや、誰かに襲われたらしいそいつは小さく震えていた。



イライラ。オレに桂木陸だとバレて尚、一緒の場にいることに若干の恐怖を感じているのか、それともオレに手を掴まれてるのが嫌なのか、オレに引きずられるようにして歩くそいつ。

怯えた目をされるのが嫌なのか、こいつと一緒にいるのが嫌なのか、イライラがおさまらねえ。


くそ、。


とりあえず、こいつを保健室に放り込んだら今日はもう何も考えずに寝るしかねえ。

「あ、・・・まみ、や」


桂木陸の手首を掴んでいた方の手に、ぐい、と微かな抵抗を感じた。それはつまり、桂木陸が腕を後ろに引いた、ということで。

どこまでも周りに無関心なそいつが、よくオレの名前を知ってたな、とか。いろいろ考えたけれど、思考は全部頭を軽く振ることで消し去った。こいつのことで頭の中が占められてるなんて、きぶんわりぃ、もやもやする。
か細く紡がれた名前に足を止めて、ゆっくり、意識してゆっくりと振り返る。ほんの少ししか変わらない身長差なのに、旋毛がみえた。―・・・ああ、俯いてんのか。

「・・・んだよ」
「も、う・・・離して、くれて・・・構わな、い・・・。」
「あ・・・?」
「ひと、りで・・・行ける、」

から、と。弱々しく零される言葉。俯いているから、表情を伺うことは出来ないけれど。制服の前をつかむ手が、小さく震えていているのが視界にうつって、なにより、掴んだままの手首からカタカタと震えが伝わってきていることに、微かに眉を顰める。

「・・・、」

ちいさく溜息を吐いたオレに、びくりと震える肩。・・・こいつホントに年上か? 弱々しすぎるだろ。

まるで、声を出したことで、オレに殴られやしないかと怯えているような態度。

もやもや。それならそれで、少しの間ガマンして、大人しく黙って連れて行かれればいいのに。それとも、殴られることを覚悟してまでもオレに、・・・オレの近くに、居たくない、とでも?


仁、と笑う道哉が脳裏をよぎる。輝くような太陽みたいなヤツ、初めてオレに怯えないで近付いてきた、変なヤツ。

目の前の旋毛を見下ろす。伏せられた長い睫の下は、いくら嫌いなこいつのものでも、綺麗だと素直に思えた青い瞳が鎮座しているのだろう。白い面は、かわいそうなくらい青白く震えていて。道哉と正反対な雰囲気をもつこいつは、まるで月のようだった。



手首にまわしていた指をほどく。開放された手に、桂木陸はちいさく安堵の吐息を漏らして、ゆっくりと顔をあげた。

「・・・、ありが、とう・・・。めんどうな、・・・ことをさせて、しまって・・・すまない」

それだけ言うと、オレの横をすり抜けて歩き出すそいつ。


ああ、そういえば。




はじめて、こんなに、あいつの声を聞いたな。





2010/07/29/ and 2010/08/02/


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