(第三者視点)
警戒をあらわにした猫のように、ふぅふぅと肩で息をして啓を睨み上げる陸。枕を投げた体勢のまま、青色の瞳を啓に向け続ける。啓の一挙手一投足に目を向けて、何か動きがあればすぐさま逃げ出せるようにピリピリとした空気を陸は纏っていた。
そこで「歯向かう」ではなく「逃げ出す」という選択肢しかないあたり、陸が己の非力さをどれだけ自覚しているかがわかるというものだ。
まあ事実、啓が陸の動きを捉えるのには恐らく腕一本で事足りるのだろうから、陸の判断は間違っていないのだが。
「・・・陸」
「っ、なん、・・・だ・・・っ」
びくり、肩を揺らす。
沈黙を破る一声。
怯えたような仕草をみせつつ、それでも凛然とした光を放つ瞳で陸は啓を見上げ続ける。普段はおっとりとした性格で争いを好まない陸が、恐らく年上だろう啓に対する敬語をかなぐり捨ててピリピリと警戒していた。
そんな陸を眺めて、啓は面倒臭そうに溜息を吐く。・・・吐いた息にすら陸は過剰に反応し、怯える陸のその様子に啓は再び溜息を吐きそうになって、しかし陸の手に目が留まった。
ぎり、睨むように見つめる青色の瞳とは裏腹に、破れた制服を握り締める手が震えている。かたかたと小刻みに、力の籠めすぎた指先を真っ白にして。
強い意志を宿す瞳。隠し切れない弱さをあらわす、震える指先。
今にも儚く崩れ落ちそうな、陸の姿に。
再び手を伸ばす。一層震える指先ごと、氷の様に冷たい手を両手で握り締めた。
「落ち着け・・・。・・・急に舐めて、・・・すまなかった」
そっと体温をうつすように、啓は陸の震える指先に口付けを落とした。
少し厚めの唇が、指先にキスを落とす。
指に唇が触れる度、ぴりりとした痺れが指先を襲った。熱を帯びた他人の、それも初対面の人間に手を掴まれているのに、陸には不思議と不快感はなかった。
あるのはただ、どうしようもない気恥ずかしさだけ、で。
ちゅ
「っふ・・・」
意図せずして漏れた息に、己の手だけを一心に見つめていた啓が顔を上げる。
「っ・・・!」
衝撃。衝撃衝撃衝撃。
間近に迫る翡翠色に、顔が熱くなっていく。
稜の星空のように煌めく黒い瞳とは違う。
譲のしなやかな獣のように鋭い甘さを含んだ黒目とも違う。
ひたすらに、玉のような翡翠色の瞳。
譲や稜、両親以外でこんなにも間近で他人の瞳を見たのは初めてだった。
湧き上がる拒絶感。拒むように身体を後ろにずらしたけれど、絡めとられたままの手のせいであまり距離はあけられない。
「はな・・・、せ・・・っ」
怯える自分に気付いたように、啓は引き寄せる手に力をこめた。思いのほか強い力で引っ張られて、身体が傾く。盛大によろけて、そのまま啓にダイブして、肩を包む他人の体温に驚いた己は、自分でもびっくりするような力を発揮して啓を突き飛ばした。
きょとんと、微かに瞠られた瞳に罪悪感が沸いたけれど。
「ご、めん・・・っ!」
裸足のまま、半透明の扉を開けて、曲がりくねった道を走り抜けて温室の外へ逃げ去る。
己を引き止めるためか、あげられた手から逃げ出した。
2010/06/14/