(第三者視点)
破れた服をかき抱いて、ベッドの上でかたかたと身を震わせる陸。
青ざめた横顔には黒髪が垂れ、青い瞳は俯けられていた。
カタッ
「っ・・・!?」
不意に鳴った物音に、陸がパッと顔をあげる。
「・・・、起きたか」
「・・・っ・・・、だ・・・れ?」
離れたところから陸を静かに見下ろす長身の男・・・啓は、翡翠色の瞳を細めて陸を見つめる。少しだけ首を傾げて、警戒するようにベッドの上で後ずさった陸はひどく掠れた声で疑問を問うた。
そんな陸にかまわず、啓は手にしていた御盆を傍らの机の上に置くと、ずかずかとベッドに歩み寄る。長い足を存分に活かして、陸が逃げる暇もなくあっという間に近づいてきた啓を、陸は呆然と見上げる。
「、・・・名前は?」
「・・・、い、や・・・だ」
「・・・?」
「っ、や、だ・・・!だれ、いや、・・・ちかづかな、」
啓を見上げて、目を見開いたままの陸の唇から零れる悲鳴。か細いそれに啓は眉を顰め、そっと手を伸ばす。
唐突に伸ばされた手に、ますます目を見開く陸。
フラッシュバック。
幾つもの手が襲いくる光景がよみがえった。
「っい、あぁ・・・っ、やめ、ろ・・・ぃや、だ・・・っ!」
「・・・・・・」
激しく身を震わせる。
伸ばされた指先から逃げるように。ベッドの上を縺れるように後退して、破れた服を握り締める指に力をこめる。力をこめすぎた指先は血の気が失せて真っ白になっていた。
暴れる陸にかまわず、啓は手を伸ばす。
「落ち着け」
ぽふり。柔らかく頭に手を置かれる。頭上に感じる体温に、暴れていた陸がピタリと止まる。優しく、優しく。壊れ物を扱うように、陸の頭をそっと撫でる啓を見て、戸惑ったように小さく肩を震わせた。
「これでも飲め」
暴れなくなった陸をみて、啓が先ほど持ってきた御盆をとりにいく。その上に乗せられていたのは二組のティーカップで。
少しだけ湯気がたったそれに、陸がおずおずと啓の顔を見上げた。そのまま啓をじっと見つめる。
警戒心の強い猫のような仕草に、ふと啓が微笑した。
「飲め」
優しさすら含められた命令の言葉に。陸はそっと、震える指先を伸ばした。
「落ち着いたか?」
「・・・、ん、・・・ありが・・・とう、・・・ございま、す」
ティーカップを両手で包み込むように持ったまま、頭だけで小さく礼をする陸。たどたどしく紡がれた言葉に啓は小さく頷き返し、目を細める。礼をしたまま顔をあげない陸の頭に、手を載せる。びくりと揺れた肩は見ない振りをして、髪の毛を梳くように頭を撫でた。
震える肩。それでも、ティーカップを持った指先は血の色を取り戻していて。ちいさく息を吐く。安堵のためか、陸の存在が煩わしいからかはわからないそれ。
「・・・、赤崎、啓」
「・・・赤崎・・・啓・・・?」
「お前は・・・?」
「・・・、陸・・・。桂木、・・・陸」
少ない言葉数。どこか通じるところがあるのか、少ない言葉から意思を汲み取って会話をする二人。
「・・・陸、」
「?」
「陸」
「・・・、は・・・い・・・?」
陸の青い瞳をのぞきこんで、啓がゆったりと微笑む。美しい笑みにかたどられた翡翠色の瞳に、陸はぽかんと見惚れた。
するり、頬を滑る手に意識を向けることすらせず、ただ見惚れる。いまの陸の頭の中で、襲われた記憶はすっかり蓋をされていた。きれいな、翡翠色。草むらの陰に居た稜を、はじめて見た時の様な驚き。闇を溶かしてなお星空の輝く夜空のように、煌めく稜の髪に見惚れたあの日。翡翠色の瞳は空とも植物とも形容ができなくて、でもひたすらに美しいそれに目を奪われて。
ベロリ、と。
陸は瞳を舐められてそこでようやっと、初対面であるはずの啓を拒むように突き飛ばしたのだった。
2010/06/02/ and 2010/06/03/