(主人公視点)
走って走って、永遠とも思える時間を駆け抜けて、苦しくなった呼吸にようやっと足を止めた。
・・・苦しい。
ばくばくと鳴る胸を右手で抑えて、震える己の肩を左手で抱きしめる。
転校生の、見えないけれど確かに感じた無邪気な視線がよみがえる。伸ばされたてのひら、無邪気だからこその恐ろしさ。ばくばくと鳴り続ける心臓が、治まる気配はなく。
室内靴越しに感じる柔らかい土の感触。強く閉じていた瞳を開けて、辺りを見渡す。ああそうだ。走る己を追いかける、数多の視線が怖くて外に飛び出したんだった。
ちょっとずつ心臓が静かになっていく。
山奥に建っているため、自然が多い誉学園。中庭以外は最早"森"と称しても構わないほど鬱蒼とした木々に覆われている学園の外庭は、滅多に人が訪れることがないため絶好の昼寝場所だったりする。常に美しく手入れが施された、門から校舎までの道のりや中庭と違って、自然のままな他の場所は季節によっては虫も多く現れるため人気がない。
手入れされた芝生のうえとはまた違う、そのままな雑草の上に寝転がることがすきだった。よく闊歩するので、他の生徒たちよりも森には詳しいつもりだったが・・・。
「お、ん・・・しつ・・・?」
木々に守られるようにして、ひっそりと建つ白い建物。始めて見るその建物は、暗鬱とした周りの風景とは正反対に清廉な空気を醸し出していた。
ふら、と足がよろめく。外で運動、よりも室内で読書派な己の足は、どうやら先ほどの疾走がかなりこたえたらしい。意識した途端ガクガクと情けなくも笑い出した膝に失笑が漏れる。・・・ちょっとくらい、運動したほうがいいかもしれない。背ばかりはひょろひょろ伸びたくせに、筋肉や肉はつき難いのだからイヤになる。
「なあ、そこの子ー」
治まっていた心臓が跳ねる。聞いたことのない声、話しかけられたのは己だろうか。というか他人が居たことに驚く。全然気付かなかった。
いまは、他人と接触したくないというのに・・・。
「なあこっち向けよ」
「ってか身長けっこう高いじゃん、おれ自分よりでかい奴いやだ」
「そういうなって。おい、聞こえてんのか?」
どうやら相手は複数人居るらしい。ああ、気分が重くなる。
「おい、」
グイッ
反応を返さない己に痺れを切らしたらしい、背後から肩を掴まれて無理やり体の方向をかえさせられた。
「っまじかよ・・・!」
「やべえ・・・っ!・・・、こんなやついたか?」
「はじめてみる・・・、こんなに目立つ顔なら知っててもおかしくねえのに・・・」
「っ、なんの、・・・よう、だ・・・?」
相手は三人。こそこそと会話を交わす奴らに眉を顰めて、言葉を紡ぐ。用がないならどこかへ行って欲しかった。いまは一人になりたい。気分を落ち着かせたいのに。
「まじ上玉・・・っ!」
「ちょーテンションあがるっ」
「落ち着けよ二人とも、とりあえず抑えねえと」
異様な視線を向けてくる三人。いやな予感しかしないんだが、・・・まさか・・・。
おそらくリーダー格。三人の中でも一番落ち着きのある男が、手を伸ばしてきた。
「っや、・・・さわ、るな!」
他人の体温、タイオン、たいおん。気持ち悪い、触るな、やめ、・・・っくそ・・・!
手を肩を足を体を拘束される。はじめの一人が手を掴んだのを切欠に、三人がかりで押さえつけられた。
いやだ、いやだいやだいやだいやだ、意味がわからない。本当に疫病神でも憑いてるのか俺には・・・!!
いやな笑みを浮かべた三人が、地面に押さえつけた俺を上から覗き込むように見る。
このときほど、身長に不釣合いな己の非力さを恨んだことはなかった。
2010/05/17/