57
(主人公視点)



あの後ベッドに沈んだ譲を後目に、さっさと支度をして生徒会室へ向かった。朝食は冷蔵庫の中にあったヨーグルト。たぶんというか確実に譲のだけど気にしない。稜へいってらっしゃいと言えなかった恨みは大きい。

…、…いってらっしゃい、って言ったこと、ないんだも、ん。


稜と家族になる前は、「いってらっしゃい」や「いってきます」を言ったことなんて勿論ない。家族になってからは、中学生だった陸は全寮制の学園に通っていたため、長期休みに帰ってきて「ただいま」を言うくらい。休みの間はどこへ行くにもベッタリで、出掛けるのも一緒だったため「いってらっしゃい」を言ったことなど本当にない。
だから、少しだけ言ってみたかった。…というのに、譲は酷く簡単にその言葉を口にして。

鬱々と陸は考え込む。
…、プリンも食べてしまえばよかった。暗い気持ちのまま、生徒会室の扉の前に立つ。中に積み上げてあるだろう書類を思い浮かべて、さらに憂鬱な気分になる。
ため息を噛み殺して、扉を開けたら

「…、会計、?」

紅茶色の髪の毛。少々改造された制服を着こなす、会計がいた。何故会計がここに?まあ彼も役員なのだから、生徒会室に居ることは不思議ではないのだが。…いや、転校生のことを考えたらやはり不自然なことかもしれない。転校生が近くに居るわけでもない、他の役員が居るわけでもない。たったひとりで、ぼんやりと立つ彼の姿に違和感を感じた。

「なに、を…している…?」

息を呑んで、弾かれたように振り返った会計。髪の色と同色の、紅茶色をした目を見開く。やはりおかしい。いつもの飄々とした空気が微塵も感じられないのだ。

「、…っ陸ちゃ、…ん…?」
「…なんだ?」
「陸ちゃん、なの?」
「…、」

確かめるように名を呼ぶ。

…?……ああ、前髪を切ったから、…か?目が見えるだけで、人というのは大分印象がかわるものだから。しかし転校生のように厚い前髪でもなかったし、目もちらちらと見えていたように感じる。信じられないモノを見たような口調に、眉を顰めた。

「きょ、うって、陸ちゃんが仕事しにくる日、だっけえ?」

へら、いつもの緩い笑顔を浮かべて会計は尋ねる。目は敵意に爛々と光っているから、正直不気味で仕方ない。

「…」
「ねえ、答えてよ」
「…ちがう」

空気が変化する。会計はかろうじて浮かべていた緩い笑顔を、嘲笑に変えた。少しだけ頭を傾けて、会計は皮肉気にわらう。

「じゃあやっぱりい?陸ちゃんが仕事してたんだ。それで、どうするの?」
「…?」
「おれたちに恩売ってえ、どうするの?」
「…、べつに」

ため息。話にならない、というよりこいつの思考回路が読めない。想像できない。なぜ周りにいる人間がみんな、自分に対して何かしらの思いを抱いてると考えることができるのだろう。

「稜と、…準備を頑張っている…各委員に、…迷惑をかけたくなかっただけ、だ」

会計に対してなんの感情も浮かんでこなかった。答えるのすら面倒だったけれど、引き下がりそうにない相手をただ見つめる。

「っ、」
「…、おまえたちなど、どうでもいい」

それは紛れもない本心。泣きそうに歪んだ表情が、心に引っかかった。……ような気がする。





2010/04/15/


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