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(会計視点)



唇を噛み締めて生徒会室の前に立つ。約一週間ぶりの扉をなんだか懐かしく感じた。其れほどまでに、道哉ちゃんが転入してくる前は生徒会室にずっと居たし、道哉ちゃんが来てからは生徒会室に訪れてないということだ。


ちょっとだけ、ちょっとだけ。

胸の中で繰り返し呟く。昨日、食堂で会った陸ちゃんに仕事をしに来いと言われて、そのときは道哉ちゃんのこともあって毒を吐いた。笑顔に敵意を孕ませて陸ちゃんを睨んだ。そして、部屋に戻ってから改めて気付いた。…、そういえば、そろそろ新歓の時期、だよねえ。一週間、少なくとも陸ちゃんを除いた役員全員が仕事をしている姿は見ていない。ずっと全員で道哉ちゃんの取り合いをしていたから、それは確かだ。
新歓の忙しい時期に一週間も生徒会が機能してない状態で、なにも問題が起こらないなんて…ありえない。

脳裏によみがえるのは、心なしか疲れた空気を纏う陸ちゃんの姿。頭に白い包帯を巻いて、額に傷を負って。滅多に喋らない彼が、切れた前髪の隙間から青い瞳を真摯に輝かせて、仕事をしろと、そう言ったのだ。頭に血でも昇ってたのかなあ、いつもの冷静なおれはどこにいってたんだろうね。

今頃会長たちは道哉ちゃんの取り合いをしてるんだろうなあ。…だから、少しだけ。書類だらけの生徒会室をみて、他人事だとわらって安堵して、踵を返せばいい。そして道哉ちゃんに愛を囁きにいく、それでいい。完璧じゃないか。どうせ陸ちゃんも仕事なんかしてないんだろう、顧問にでも口煩く言われた?だからおれに仕事をやれと、そう言っただけなんでしょう?


「…、」

意を決して開けた扉。嫌味なほどスムーズに開いたそれに、舌打ちを零しかける。手に馴染む取っ手、開いた先には。

「…、は、あはは、…あるじゃん書類…」

でも、

「…、一日…分?」

各役員たちの机の上に置かれた書類。それはどうみても、一週間分にはみえなかった。一日に処理する量と、ちょうど同じだけの書類。


道哉ちゃんに手を握られて、錯乱した彼は昨日結局どうしたのだろう。…少なくとも仕事ができる状態では…。

書類は確かにあった。でもそれは、己が望んだモノじゃなかった。

それは、つまり。

「…、会計、?」
「っ!?」

呆然と立っていたところに、後ろから声がかけられる。それは紛れもなく自分の脳内を駆け巡っていた人の声。あまり聞くことのできない声なのに、耳に焼き付くように残っている、所謂美声と呼ばれる類のそれ。

「なに、を…している…?」

「、…っ陸ちゃ、…ん…?」
「…なんだ?」

弾かれたように振り返る。そして息を呑んだ。

「陸ちゃん、なの?」
「…、」

む、と眉を顰めるその人は、不機嫌な顔をしても気にならないくらいに。むしろその表情さえ、希代の美術家が苦心して作り出したモノのように感じられるほど、美しく綺麗だった。

蛍光灯の光をうけて煌めく青い瞳に、ひきこまれる。

「きょ、うって、陸ちゃんが仕事しにくる日、だっけえ?」
「…」
「ねえ、答えてよ」

青い瞳を睨むように見つめて、口許には緩い笑みを浮かべる。ひきこまれてたまるものか。

「…ちがう」

目を細めて、陸ちゃんが答える。小さく、でもはっきりと聞こえたそれに今度は笑いが止まらなくなった。馬鹿みたい、馬鹿みたいだ。

「じゃあやっぱりい?陸ちゃんが仕事してたんだ。それで、どうするの?」
「…?」
「おれたちに恩売ってえ、どうするの?」
「…、」

唇を動かそうとしない陸ちゃん。苛々してるからこそ、笑みが浮かんだ。今まで全く関わってこようとしなかった陸ちゃんが、ここにきて仕事をしだすなんてありえない。他人に興味を示さない彼が、わざわざ己に課せられた以上の仕事をするわけが、ないのだ。

だったら、おまえは何を隠してる、企んでる。



「べつに、」

一息吐く。心底めんどくさそうに、陸ちゃんはおれを見て言った。

「稜と、…準備を頑張っている…各委員に、…迷惑をかけたくなかっただけ、だ」
「っ、」
「…、おまえたちなど」

青い瞳には何の色も浮かんでいない。偽りも侮蔑も媚びも親愛も、なにもない瞳。まるで人形のように、彼は無感動に言葉を紡ぐ。


"おまえたちなど、どうでもいい"


泣きそうになったおれは、馬鹿なんだろうか。





2010/04/13/


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