52
(風紀委員長視点)



ぱっ、と口を両手で覆った陸が、浴室へと駆けていく。ガチャリと浴室の鍵がかかった音がして、そこではっとした。

やべェ、やっちまった。

同じく失敗に気付いた稜が、顔を青くさせて固まっていた。俺の顔色も悪いんだろうな、きっと。…それ以上にひどい顔色になってしまった陸の顔が脳裏によみがえる。

ああ、マジで馬鹿だ。俺も稜も。

普通の奴の目から見るなら、綺麗すぎる陸の顔に動揺する俺らを不思議には思わないだろう。むしろ当たり前だと思うはずだ。

でも陸は違う。他人はもちろん自分の容姿の美醜にすらこだわらない陸にとって、きっと俺らの行動は理解不能だっただろう。…むしろ、小さい頃からいろんな視線に晒されて、いろんな思惑に巻き込まれてきたあいつの狭い世界の中の、一握りの住人である俺らに拒絶されたように感じてしまったのではないのだろうか。
口を覆う直前にみせた、唇を噛み締める仕草。あれは陸が昔よくみせた癖。…吐く直前に、よくやる行動だ。

「…、譲、くん」
「ああ、わかってる。…やべェな」

浴室に続く扉には鍵がかかってしまっている。つまり、今陸は独りで吐き気に耐えてるか、吐いているということで。
昔からよく体調を崩してきた陸だが、どんなときでも俺や稜が傍についていた。二人の両親の優衣さんや京夜さんも、忙しい仕事の合間を縫って陸に会いに来ていた。弱ってるときも、どんなときだって陸を一人にしないようにがんばって。…だというのに。

「陸、開けろっ」

少しだけ乱暴に扉を叩く。気が急いて仕方ない。キッチンへ走っていく稜を横目で確認して、扉をノックし続ける。しかし扉は沈黙を守る。うんともすんとも言わない陸に焦りが増す。

「陸っ、…くそ、」

最終手段。
でも仕方ない、…息を一つついて、俺は扉を蹴破った。



「陸、」
「…う、…え…っ」
「っ、陸!」


洗面台にまとわりついて、剥き出しの白い背中をかたかたと震わす陸。膝を曲げて、両手で洗面台にしがみつく。か細い嗚咽の合間に、苦しそうな呻き声が聞こえた。ばっと走り寄って、肩を掴んで陸を振り返らせる。

「…、あ…っう、ぇ…」

冷たくも見える双眸から滴る透明の雫。目尻は赤く染まり、震える唇は胃液でも吐き出したのか濡れていた。怯えはない、しかし悲しそうな色を宿した瞳が、俺を見上げる。

くそ、小さく己に罵声を吐いて、陸をそのまま抱き寄せた。片手で頭を撫でて、背中に回した手で震える背を撫でる。幼子を落ち着かせるように、やさしく体に触れて。

「…、ゆず…、りょ、…」
「…どうした?」
「…っひぅ、…っ、きら、っに…なら、ない…で…っ」
「っ、」

背中に触れている手が、陸の低すぎる体温を伝える。いつもなら俺の服を掴む陸の手は、ぎゅうと拳をつくっていた。ひたすらに泣いて、それこそ吐きまでしたのに抱きつき返すことも身を預けることもしようとしない陸に。

(もっと、俺たちを信じろ、…なんて)


「、俺も稜もお前を。…陸を嫌いになるわけねェ」
「っう…あ…」
「だから泣きやめ。それで風呂入り直すぞ」
「…っ、ゆず、る…」

何時もより控えめに、しかし確かに掴まれた服の端。
俺も稜も…陸も。本当に馬鹿だ。





2010/04/09/


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