(王道主視点)
息を切らして廊下をひた走る。涙が零れそうで零れない。唇を噛み締めた自分が、酷く惨めに見えた。
「っ、はぁっ・・・はぁ、・・・なん、で・・・っ!」
今まで出会った奴らは、みんなおれのこと大事にしてくれたのに。何かに躓けば必ず手を差し伸べられ、自分が差し出した手は必ず握り返してくれる。おれが笑いかければ、みんな嬉しそうに笑ってくれる。・・・なのに、。
この学園でもそれは変わらないと思っていた。現に、満をはじめとした生徒会役員はみんなそう。仁だって、稜だって、海斗だって、みんなみんなおれのこと大事にしてくれるんだ。稜とは最近顔合わせてないけど、きっと生徒会のみんなに遠慮してるだけ、そうに決まってる!そして、稜の兄貴の・・・陸。黒い艶々の髪の毛と、前髪から少しだけ見える綺麗な青い瞳をもつ、美しい人。陸はちょっと恥ずかしがり屋だけど、きっと彼もおれのことを大事にしてくれる。だけど、今日会った奴らは違った。
美化委員長だという如月峻は、トモダチになりたくないって言った。文化委員長の木野尊も、顔を歪めておれのことを見ていた。体育委員長と名乗った峰高貴は、笑顔できらいだと言い放ったのだ。そして、みんな陸のほうが大事そうだった。なんで?陸の方が大切なの、なんで。おれじゃだめなの。
ぐるぐると頭の中を言葉がまわる。いつのまにか校舎を出ていたらしい、木が鬱蒼と生い茂る裏庭、のようなところに来ていた。木に埋もれるようにして建つ、温室のような建物が見える。・・・あ、茜と仁置いてきちゃった・・・。でも、いまは誰とも会いたくない気分なのだ。ちょうどいいから温室へ足を向ける。そこなら、誰も居ないと思った。
意外にもこの温室には誰か来ているのか、綺麗に整えられた草花を見渡す。白いアンティーク調のベンチに座って、溜息を吐いた。
ばかだ、おれ。最近転校してきたばっかりなのだから、あの三人がおれなんかより陸の方を大事にするなんて当たり前だ。冷静になってきた頭でそう考えて、自己嫌悪に陥る。反省、次はちゃんと話をしよう。敬語も苦手だけど頑張る。だっておれ、みんなと友達になりたいから。
峻の侮蔑を孕んだ視線や尊のおれを映さない瞳、高貴の感情の読めない笑顔が脳裏によみがえる。小さく身震いして、それでも。・・・きっと友達になってみせる。ここまでくれば意地に近い。絶対友達になるから待ってろよ!心の中で叫ぶ。
ガサ
「誰か居るのか、・・・?」
「え・・・」
おれが入った扉とは逆の方から、物音が聞こえた。草花の間から姿を現したその人は、俺の姿をみて首を傾げる。
「誰だ」
「あ、その、おれ・・・」
衝撃。心臓に電気が流れたようだった。
180を余裕で越えているだろう身長に、がっしりとした体つき。鋭い切れ長の瞳は綺麗な翡翠色で。右耳には青いピアスが一つだけ輝いていた。恐らく不良。でも仁とかよりも断然格上だろう雰囲気を纏っている。厚めの唇がやけに色っぽくて、今までおれが見た中でも飛びぬけてかっこいい人が、そこにいた。
この人と仲良くなりたい!
心が叫ぶ。
「お、おれ・・・秋月、道哉っていい・・・ます。その・・・あ、あなたは?」
「秋月・・・?」
目の前の人物の威圧感に、みっともなく声が震える。慣れない敬語が口をついて出て、でも名前を名乗ったら少しだけ表情を緩めたその人にほっと安堵する。でもそれと一緒に心のどこかがもやっとした。
「、・・・赤崎啓だ。」
「け、啓って呼んでも・・・」
上目遣いに尋ねる。いつもこれするとみんな顔赤くするんだよな。なんでだろう。
でも、期待を込めて見つめても、目の前の人は顔色一つ変えることなく。それどころかチラリと一瞥しただけで別の方を向いてしまった。
「駄目だ。・・・学園の生徒なら知ってるだろう」
「お、おれ・・・転校してきたばっかり、で」
声が引きつる。ああ、おれを拒絶しないで。
「なら知っておくんだな。オレは名を呼ばれるのが嫌いだ。人と話すのも、な」
甘い声が、冷たく響く。
「わかったなら出て行け」
なんでみんなおれのことを拒絶するの?
思考は闇に塗りつぶされていく。
2010/03/26/