34
(主人公視点)



額から滴る血を拭う転校生より、その後ろで震える生徒の方が気になった。つまり、名前も憶えられないほど転校生に興味がないのだ。

「痛むのか? 大丈夫か陸? まじで最低だよなっ。安心しろよ陸、おれがちゃんと陸の代わりに怒っとくからさ。喋るの得意じゃないだろ? だから、陸の言葉はおれが伝えるよ。それよりも血が中々止まらないから保健室行こうぜ? なあ、陸」

陸、陸陸陸、なあ、陸ってば。

煩いな。眉を顰める。尊先輩は得体の知れない転校生に眉を顰めているし、体育委員長は渋面をうかべている。ただ転校生と同じくらいおかしい会計と不良は、転校生の心配を一身に受ける己が憎らしいようですごくギラギラした目で睨みつけてきているけど。

ハンカチ越しに触れる体温がひどく気持ち悪くて。他人の熱なんて、あまり触れたいものじゃない。気心知れた仲ならいい。それこそ、稜なら自分からスキンシップを行うことを厭わないけど。転校生とは名前も知らぬ仲なのだ。他人の中の他人。しかも自分に害をもたらす他人だ。

眉間に皺を寄せる。きもちわるい。ネガティブな方向に思考が転がり落ちていきそうになる、でも階上から聞こえてきた声に、正常に引き戻された気がした。

「またお前か転校生。これで二回目だ、わたしの食事の邪魔をするなんていい度胸してるね。」

こつり、優雅に階段を下りてくる美化委員長の峻先輩。食堂中の視線を一身に浴びているのに少しも気にした様子はなく、寧ろ不敵な笑みさえも浮かべて峻先輩は階段を下りる。

「陸に気安く触れないでくれる? ヨゴレチャウから」

辛辣な言葉とともに手を叩き落とす。ちゃっかりハンカチをその手から奪い去って、酷く冷たい瞳で転校生を睨みつけた。

「ま、またお前かよっ! 邪魔するなっ!」
「大丈夫かい、陸? ああ、顔に傷をつけるなんて馬鹿だねえ。頭の包帯も美しくない。」
「無視するな!」
「傷はたいしたことないね、痕は残らなさそうで安心したよ。」
「聞いてるのかっ!? おれを無視するなってば!!」

なにこのカオス。
しきりに顔を触ってくる峻先輩は、喚く転校生を丸っと無視して心配そうに傷をみる。自分からは見えないのでどうなってるかわからないが、峻先輩が表情を緩めたので深くない傷だったのだろう。ふむ、と頷いた峻先輩は血に濡れたハンカチに眉を顰めて、喚く転校生の後ろで震える生徒に近付く。

「顔をあげて。」
「き、如月さまっ・・・!」

震える生徒。峻先輩は飴色の瞳でそれを眺めて、ふいに笑った。

「嫉妬に狂う様は美しくない。けれど非を認めて謝りに来たのは評価してあげるよ、自分で風紀委員に申し出れるね?」
「は、・・・はい・・・」
「ならこれ以上は責めないよ。君がどれだけ自責の念に駆られてるか容易に想像がつく。そこのコップを片付けていきなさい」
「はい、・・・如月さま、ありがとうございます」
「素直な子は好きだよ」

ぼっ、と顔を赤らめる生徒。泣きそうになっていたあの姿はどこへ? しかしハンカチを受け取った彼は俺の目の前まで来ると、再び腰を折った。

「本当に、ごめんなさい! ・・・桂木さまが罰をと仰るなら、喜んで受け入れます。」
「気にして、ない・・・。もうい、から」

第一俺は男なので、たかが傷の一つや二つでがたがた言っても。いや、確かにビックリはしたけど、それだけだし。
恐縮しきっている姿をみて、再びぽんと頭を撫でる。風紀委員に罰せられるのだろう、なら俺からすることはなにもない。

ぺこぺこと礼をしつつ、再び真っ赤に染めた頬でコップの残骸をいそいそと片付けるその生徒。
去っていく後姿をみて、ああ俺も部屋に帰りたい、なんて現実逃避。とりあえず転入生どうしよう、まだ喚いてるんだけど・・・。

昨日と今日、たかが二回食堂に来ただけなのに10歳ぐらい年取った気分だ。





2010/03/16/


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