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(第三者視点)



陸は額に走った鋭い痛みを自覚する前に、食堂中に響き渡る悲鳴を煩いと感じていた。左目だけ視界が良くなり、その目に映った床に散らばる数束の髪の毛。それと血の付いた鋭い硝子片をみて、ああ額と前髪がすこし切れてしまったのか、なんて暢気に考える。その実瞳を切り裂きかねなかった硝子に驚いていたのか、身体は硬直していて。


やっぱり食堂って鬼門だ。最近疫病神でも憑いてるのかもしれない、転校生という名の。尊先輩と体育委員長が陸に近付いてくるのが目に入ったけど、それよりも人垣の中から泣きそうな顔で駆けてくる生徒に目が行く陸。
その生徒は陸の前までくると、深く深く腰を折り曲げる。

「か、桂木さま・・・っ、も、申し訳、ありません・・・! ぼくが、コップなんか投げたせいでぇ・・・っ!!」

ああ、この子が投げたコップだったのか。泣きそうになりつつも、必死に涙をこらえる生徒の顔を、ぼんやりと陸は眺める。

覗く左のあおが額から滴るあかに侵食されていくのを見て、誰もが息を呑んだ。

他の生徒から、コップを投げた生徒への罵声は飛ばない。みんな、もしかしたらコップを投げていたのは自分だったかもしれない、そう思っているから。結果的に陸を傷付けることになって憤りはあるけれど、その憤りはその生徒へ向くことはない。理不尽と言われてもいい、生徒達の怒りは転校生である道哉に向いていた。

彼さえいなければ、ほの暗い感情が誰の胸にも宿る。


「・・・だいじょうぶ、」

沈黙を守っていた陸が、ふいに頭を下げ続ける生徒を撫でた。だいじょうぶ、顔をあげて。俺は大丈夫だよ。優しく囁く陸。表情こそなにも浮かべていないけれど、優しさの色が篭る声に誘われるようにして、そっと顔をあげる生徒。

「っ!!」

両脇で高貴と尊が焦っているのに、陸だけはかわらず佇んでいた。顔をあげた生徒をみて、すこしだけ首を傾げる。無防備にされされた青い目に見つめられて、生徒が息を呑む。

「・・・ハンカチ、・・・もってないか?」
「は、はははい!! 持ってますどうぞお使い下さい・・・!!!」

両手で捧げるように差し出されたハンカチに手を伸ばそうとして、受け取る前に陸と生徒の間に他の人物が割って入ってきた。

「お前、・・・っ最低だな!!」
「っ、」

怒りに身を震わせる転校生改め黒まりも、もとい道哉。道哉よりも小柄な生徒は、陸を傷付けたという罪悪感と共にその言葉にびくりと震える。涙は零れない、傷付けた自分が泣くのはお門違いだと、判っているから。

道哉はびくびく震える生徒の手からハンカチを乱暴に奪い去り、髪の毛で隠されて見えない瞳で睨みつける。

「陸に怪我させるなんて最低だ! 傷付けたお前が陸に触るなっ!!」

そう怒鳴り、道哉の言葉によって益々項垂れる生徒をみて満足気に頷くと、くるりと身を反転させる。

「陸、大丈夫か? 前髪ちょっと切れちゃったな、コップ飛んできて怖かっただろ?」

無言で眉を顰める陸に、傷が痛むのか? そう呟いて顎にまで滴った血を拭う。どうやって? 勿論先ほど生徒の手から奪ったハンカチで、ね。


いたわるような手つきで、陸の額の血を拭う彼は誰の目から見てもおかしかった。

ああ、転校生親衛隊という名の書記のぞく役員方々や不良くんはのぞいて。





2010/03/16/


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