(第三者視点)
にこりと笑う茜を見て、陸が首を傾げる。譲は眉を顰めて茜を注視していた。二人の視線を気にしてないとでもいうように、茜が廊下から一歩玄関に入る。
「捜してたんだよお? 陸、部屋にいないんだもん」
ふと、茜の言い方に陸は違和を感じた。にこり、笑った目はいつもどおり。つりあがった唇も、どこかゆるりとした喋り方も普段と一緒。
「なん、の…よう、だ?」
「同じ生徒会役員の陸を、心配しただけだよお? 寮の生徒会フロアに戻ってこないんだもん、陸」
「…?」
「ねえ、陸。」
ああ、わかった。違和感の理由。
「道哉ちゃんがね、泣いてたよ。陸に、逃げられたって」
陸ちゃん
彼から初めて呼び捨てにされていることに気付いた。いつでもゆるりと笑って飄々と、「ちゃん」をつけて名前を呼んでいた彼、が。
にこりと笑う紅茶色の瞳が、いままで見たことのないくらい冷え切っていた。
得体の知れない空気を感じて、陸が片足を後ろにずらす。どうした? と、首をかしげた譲の横をするりと茜が通り抜けて、陸に手を伸ばした。ほんの少しだけ、陸より高い身長。ゆるりとした言動に似合わない、ゴツゴツとした男らしい手が陸に伸びる。
「陸、」
そのまま肩を掴んで、茜は陸を壁に押し付けた。鼻が触れそうな距離、近過ぎて焦点がむすばない。動揺から跳ねる陸の肩を押さえつけて、ゆるりとした笑みをかき消した茜が口元だけで微笑を浮かべた。
「ねえ、なんで道哉ちゃんは…陸のことを気にするんだろうね」
「…しら、ない…」
「道哉ちゃんに何かしたの? 気に入られるようなことをしたの? なにを、したの?」
「……」
ごくりと唾をのむ。様子の可笑しい茜を、陸は見つめる。もう一度茜が口を開こうとした瞬間、ふと陸の肩から手が離れた。
「朝っぱらからうぜェな。もう一度聞く、陸になンの用だ?」
陸の肩から茜の手をはがした譲。茜の腕にぎり、と力を籠めて茜を睥睨する。目を細めて譲を見返す茜。
ふと、茜が息を吐いた。
「…あーあ、わかったわかった。陸には何もしないよお。だから腕はなしてくれない、麻埼。痛いんだけど」
「……」
「あー痛かった。…そうそう。用事はさあ、生徒会役員に召集がかかってるからそのお知らせ。」
「…? しょ、うしゅう?」
「そ。会長からあ、お呼び出し。役員全員をねえ」
力を抜いた茜。得体の知れない空気がなくなったことにほっと息を吐き、茜からの言葉に首を傾げる陸。
そんな陸ににこりとわらい、茜が踵を返す。譲と擦れ違う瞬間、睨んだのはどちらだっただろう。
「ってことで、今日の放課後生徒会室に来てね、陸」
ひらり、手を振って茜は去っていった。
2010/12/03