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(会長視点)



ぎゅ、と腕の中に閉じ込めた陸の体温に浸る。


陸への想いに気付いた。気付いてしまった。




感情を浮かべない瞳に映りたいと感じた瞬間、彼の中で落ちに落ちただろう俺の存在を認めてもらわなければと思った。そうしなければ、嫌う嫌わない以前に俺の存在なんて空気のように扱われてしまうだろうから。


手始めに、次の日の朝から仕事を始めた。
そこそこの期間サボっていたはずなのに、"少し"しか溜まっていない書類に情けなさを感じる。
儚げな印象を強めた陸の姿を思い浮かべて、仕事に取り掛かった。一人分にしては"少し"しかない書類でも、役員全員分にすれば信じられない量になるのだから。

しかしこれが意外に手間取った。まず、書類の内容の意味がわからない。「前回の会議のまとめから…」という言葉から始まる書類を何度投げそうになったことか。そもそもその会議がわからねえんだよ! 歯噛み。自業自得とはこのことかと痛む頭を押さえて仕事を続けた。

半日続けて目を擦る。全然捗らなかったが…まあ半分は終わらせたから上々だろう。

生徒会室に備え付けられている時計を見れば、ちょうど昼時をさしていた。通りで腹が減るわけだ。

立ち上がって軽く伸びをする。肩やら背中がぱきぱきと小気味のいい音をたてた。




生徒会室と食堂を繋ぐ一年の教室の並びを歩く。いつもなら一年生のキャーキャーとした声が苦手なので、迂回して二年生の並びから行くのだが今日は面倒だった。案の定廊下がざわりとした空気に包まれる…が違和感を感じた。前方にもっと大きなざわめき。足を速める。あそこは確か道哉の…陸の弟の教室だ。

教室の前の廊下に着いた途端、聞こえてきたのは道哉への悪感情からヒソヒソと交わされる罵詈雑言。それに混ざる、恍惚とした賛辞。賛辞? 誰に対してだとよくよく耳を傾けると。陸に対してだった。

そう気付いたときには、足は勝手に教室の扉へと向かっていた。


トンッ

ちょうど扉の前に立った瞬間、鎖骨の辺りにだれかの後頭部がぶつかる。痛くもなんとも無い衝撃にぱちりと目を瞬いた。扉なのに何かとぶつかったことに驚いたのか、艶とした黒髪の持ち主がこちらを仰ぎ見る。

きょとんと丸く瞠られる、青。

「陸、」

咄嗟に伸ばした腕で、陸を捕まえていた。

呼びかけられるまで気付かなかったけれど、道哉が居たことにも驚く。何かを言っていた気がするけれど、そんなことお構い無しに気付いたら陸の手を掴んだまま走り出していた。

ひたすら、二人になれるところを探して。そうしたら必然と、生徒会室の前に立っていて。

先ほど出たばかりの扉を開く。ぶっちゃけ緊張しすぎてなにを言ったか、あまり覚えてない。情けないことに。


ただ、陸を抱き締めていた。






「陸、…」
「…、や、め…! は、な」
「陸」

離して、悲鳴にも似た声を言葉を重ねることで封じ込める。途方に暮れた瞳でこちらを見上げる陸の、青い瞳に映った己の姿に歓喜した。
同時に、後悔もした。


「…だ、…や…だ…」

呆然と見上げる瞳が潤っていく。感情のない声で、いやだと囁く陸。

いやだいやだいやだ、はなして。
拒絶の言葉をいくら遮っても、身体の震えが直に陸の拒絶を伝える。


腕の中の体温を離し難くて、しかし陸の青褪めた顔色に腕を緩めた。


ただ、スキになってもらいたいのに、その方法がわからなくて。


腕が緩んだ瞬間ぱっと距離をあけた陸に、指先がみっともなく震えた。





2010/11/2/


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