(陸視点)
「陸…」
「っ、!」
ぶつかった肩をがしっと掴まれて、身体が竦む。前方からは転入生が迫ってきていて。…前門の虎、後門の狼とはこのことか。取り合えず自分だけじゃ回避しきれないということはわかった。譲、稜、どうしよう…!
「竜! そのまま陸つかまえててくれっ!」
「は…?」
転入生は会長を仲間だと判断したらしい。しかしそれに間の抜けた声で応じた会長は、転入生に気付いていなかったらしくぽかんとした顔を晒していた。微かに緩んだ肩の手に、いまだと身を捩る。…が。
「陸、ちょっと来い」
「、えっ…!?」
何故だか腕を掴まれて、廊下を走る羽目に。いやいや、なんで。後方から転入生…はいいとして、稜や譲の声が聞こえる。ちょっと、え、え、どうすればいいのこれ。半ば引きずられる形で廊下を走る走る走る。
会長足速いし、息は苦しいし掴まれている腕は痛いし…なにより体温が気持ち悪い。
「は、…っ、はな、し…!」
離してってば! というかどこに向かってるんだろう。
精一杯の力を籠めて、ぐいと手を後ろに引く。そうしたら、やっと気付いたらしい会長の足が止まった。
「っは、…ふ…、はぁ…」
「わるい…」
壁に背をつけて息を切らす俺に、会長が謝る。腕は掴まれたままで、謝る前に手を放せと思った。薄っすらと額に浮かぶ汗を拭う。無言で息を整える俺を見下ろしていた会長は、不意に歩き出す。もちろん腕は掴まれたままなので、そのまま一緒に歩き出す形になった。
見慣れた扉を、慣れたように会長が開く。今気付いた、生徒会室の前の廊下だここ。
すべらかに扉が開き、赤い絨毯が視界に入る。ずんずんと進む会長に引っ張られる俺は、大人しく後を追うけれど…会長がなにをしたいのかさっぱりわからない。
「陸、オレ…」
開けた室内、執務机の並ぶそこに、息を呑んだ。
「、しょ、るい…」
「…仕事、放ってて悪かった」
「か、いちょ…が?」
一応、な。ばつの悪そうな表情を浮かべて、少しだけ照れたように頬をかく。
全部無くなったわけではないが、明らかに減った机の上の書類。それを全部、一人でやったというのだろうか。
視線を爪先に落とす会長をみて、驚きで頭が一杯になる。どういう経緯で、仕事をやろうと思ったのかはわからないけれど。
薄っすらと会長の目の下に浮かぶ隈に、何故だか掴まれた腕が気にならなくなった。…気がした。
2010/10/30/