恋人の距離

1 恋人の距離


梅雨は嫌いだ。
ジメジメ・ジメジメ。気持ちまで腐ってしまいそうになる。
そんな雨の日でも、ひとつだけ気に入っていることがある。
それは恋人の陸と、いつもより近い距離で歩けることだ。

つきあうようになってから、陸といる時、オレは一度も傘を手にしたことがない。
それはこうやって陸がいつも、オレを送り迎えしてくれるからだ。

雨で健太の声が聞こえにくくなってなって嫌だから…なんて言って、二人で一本の傘、つまり相合傘で……

しかも肩が濡れないようにって気を使われて、互いの肩と肩が密着する程の距離で……というより、ほとんど寄り添うような感じで。
布越しだというのに、陸と触れ合う肩が、腕が、火傷しそうに熱い。

オレと陸が普段歩く時の距離は、隣にいるけど、手を伸ばせば届くかどうかくらいの、少しもどかしい距離がある。それはそのまま、オレの心の距離。

陸はもっとオレの近くで歩きたがっているが、オレが最初の頃に照れて断固拒否った為、つきあうようになってからも、こんな友達のような距離がある。
正直寂しくないわけじゃない。

オレだって好きなヤツとは近くにいたいし、触れ合いたい。
だけど好きなヤツだからこそ緊張したり、近づきすぎて嫌われたらどうしよう?って悩むオレの気持ち、好きな人がいるヤツならわかるだろ?

それにオレから距離をあけるよう言っておいて、今更どうやってそれを取り消せばいいのかわからなかったし。

だから陸から相合傘をしようって言ってくれた時は、正直嬉しかった。
嬉しいくせに、“距離”のこともあって素直に喜べないオレは、ちょっとぶっきらぼうな態度を取ってしまったけど。
陸が少し長めの茶色い髪と同じ、いつもの優しい笑顔なのを見て、内心オレはほっと胸を撫で下ろしていた。

それ以来、雨の日はこうやって相合傘をしている。
今日も学校から家まで送ってくれているのだ。

陸との距離が近ければ近い程、オレは嬉しくて、それと同時に拷問にも似た苦しさを味わっていた。

(クソッ。心臓がもたねぇ!)

好きだから、緊張して……

好きだから、陸のささいな反応が気になって……

好きだから、好きなヤツの前ではみっともないとこを見せたくなくて……

好きだから、こうしてバカみたいなことにもぐるぐる真剣に悩んで……

アレもコレもソレも全部、ぜーんぶ!、つまりは陸のことが“好きだから”なんだけど。
こうしていつもオレが嬉しさとモヤモヤを同時に味わってぐるぐるしている時でも、隣にいる陸はいつも穏やかな笑みを浮かべ、その表情を崩すことはない。

オレは歩きながら、チラッと陸を盗み見る。
ほら、今だってそうだ。
そんな余裕のある態度を見せ付けられると、オレだけが陸のことを好きなのかな?なんて思ってみたり。

(チェッ。同じ年のくせに。それに、こここ告白だって、陸の方からしてきたくせに……っ)

その時のことを思い出して、顔が少し熱くなる。

(〜〜〜っ)

告白された時のことを思い出して未だに赤面するなんて、オレは乙女かっつーの! あれから何日たったと思ってんだよ。
頭をかきむしりたくなる衝動を抑え、オレはまた陸をチラッと盗み見る。

すると陸はオレの視線に気付いたのか、ふわっとオレに笑いかけた。
至近距離で陸の甘い笑顔を見て、オレの顔がボボボッと音がしそうなくらい赤くなる。

「どうしたの? 健太」

「べ、別に……」

陸に優しく話しかけられたというのに、オレはそっけない返事を返すと、プイッと横を向く。

あ、オレのバカ!

こんな感じの悪い態度じゃなくて、もっと気の利いた返事をしろよ! じゃあどんなの?って聞かれたら困るけど。
もっと他にこう……せめて昨日見たTVの話とか、テストでの失敗談とか。何かあったはずだろ!? オレ!

オレはさっきとは違う意味で、また頭をかきむしりたくなる。

オレは陸と一緒にいれて、楽しいし嬉しいけど。
陸はこんなそっけない返事しか返せないオレと一緒にいて、大丈夫なのかな? つかオレ、感じ悪いよな?
やっぱりもう……呆れられているのかな……

オレが一人でまたモヤモヤぐるぐるしていると、次の角を曲がればオレん家が見えるって所で、急に陸が立ち止まった。
不思議に思い陸を見上げると、そこには相変わらず笑みを浮かべてはいるけど、瞳の奥に獰猛な光を宿した陸がいた。

「キスしたい、健太……」

「……っ」

陸の声はいつもより甘いけど、どこか有無を言わせない力強さもあって、何かを言おうとすればまたそっけない言葉が出てきそうなオレは、もういっそ、そのまま黙って目を閉じた。

目を閉じていても、気配で陸の顔が近付いてくるのがわかる。
陸の手がそっとオレの頬に触れた。
触れられた所から、じわりと熱がひろがる。

陸の吐息を肌で感じて、心臓がトクン、と跳ね……


傘で周りから見えないのをいいことに、オレ達は道の真ん中でキスをした。



梅雨は嫌いだ。
湿気で何もかもがジメジメ・ジメジメ。だからきっとオレも、くだらないことでぐるぐるしてしまうに違いない。
そんな雨の日でも、ひとつだけ気に入っていることがある。

それは恋人の陸と相合傘すること。

いつもより近い、友達なんかじゃない、ちゃんと“恋人の距離”で。
そんな傘の中でなら、オレも少しは素直になれるから。


まだキスをしている陸の背中におずおずと手を回すと、それは更に深いものになった。


―終わり―

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