恋人の距離

1 恋人の距離3


俺、高橋陸(タカハシ リク)の恋人である斎藤健太(サイトウ ケンタ)は、意外と照れ屋さんだ。
それが分かってから今は、毎日ラブラブで過ごしているけど、そんな彼への第一印象は取っつきにくそうな奴。

だって席が隣だからと挨拶をしても、いつも「おう……」とか「あぁ……」とかそんな感じだったし。
クラスの他の奴らには割と普通に接しているのに、俺とはあまり目線も合わなかったし。

斎藤の眉はキリッとしていて、黒髪を短く揃えているから、黙っていると凛々しいというか、どこか迫力があるというか……
だから俺は、もしかして知らない間に斎藤を怒らすようなことをしちゃって、それで嫌われちゃったのかな? なんて考えたこともあった。

小学生じゃあるまいし、高校生にもなって「友達100人出来るかな」じゃないけど。それでも誰かに嫌われるのは結構つらい。
席が隣で、斎藤の姿が常に視界に入るなら尚更のこと。
せっかく席が隣なのに挨拶もないなんて、なんかそんなの、そんなの、寂しいじゃんか……

だからせめてクラスの他の奴らと同じように、挨拶ぐらいは普通にしてほしいなと思い、俺はめげずに斎藤に挨拶をし続けた。

翌朝。

「おはよう! 斎藤」

「あ、あぁ……」

自分なりに精一杯爽やかさを演出してみたんだけど、ちょっと慣れなれしかったかな?
明日は路線を変えてみるか。

翌朝。

「グッモーニーン斎藤。リピートアフタミー?」

「……」

……無言。つか、引かれた? やっぱこのテンションはウザかった?

翌朝。

「おーはよっ 斎藤」

俺はちょっと屈んで、座っている斎藤の顔を覗き込んで見る。…と、無言のままプイッと横を向かれた。

チラッと見えた斎藤の眉はどこかつらそうにキュッてよせられていて。
俺、挨拶をしているだけなのに、俺への態度、前より悪化してない? と、内心あたふたした。

隣の席で、クラスで一番距離が近いはずなのに、クラスで一番、遠くに感じるよ……
そのことが、何だか無性に寂しく感じた。

体育の授業中、出席番号の前から順に二人ずつ組んで、柔軟をしている。

「なー瀬尾、俺って斎藤に嫌われているのかな?」

精一杯のさり気なさを装って、一緒に柔軟をしている瀬尾に聞いてみた。

「んー? まぁアイツ確かにあんましゃべんねーけど、理由もなく人を嫌うようなヤツじゃないだろ?」

「だよなぁ?」

俺の柔軟が終わり、今度は瀬尾の番になる。

「なになに? 斎藤とケンカでもしたのか?」

瀬尾が野次馬根性丸出しのニヤニヤした声で聞いてくる。

「別にそんなんじゃねぇけど……」

ケンカどころか挨拶すらろくに出来てねぇよ。そう思ったら何だか無性に腹が立ってきたから、俺は全身全霊の力を込めて、開脚前屈をしている瀬尾の背中を押してやった。

「いだだだだっ! さけるさける! 股がさけるって!」

「そう言って柔軟で本当に裂けた奴はいない。だからお前は本当に裂けるよう、限界目指してがんばれ」

「いや意味わかんねぇし! つかマジさけるってー!」

瀬尾の叫び声を、クラスの奴らが笑いながら聞いてるから、俺も一緒になって笑った。


久々に大声で笑ってスッキリした体育も終わり、俺はまた斎藤のことを考える。
確かに斎藤は理由もなく人を嫌うような奴じゃない。それはあまり……つか、ほとんど話したことのない俺でもなんとなくわかる。

掃除当番の時も、一人黙々と真面目にしているし。
何よりも授業中でさえピンと真っ直ぐに伸びたあの綺麗な姿勢を見ていると、きっと性格も真っ直ぐなんだろうなと思う。

だからこそ、余計に不思議でならない。
クラスの他の奴らには普通に挨拶をするのに、俺には挨拶はおろか、視線も合わせない斎藤。

俺にだけ……

そこまで考えて、なんだか胸がズキンと痛む。

……あ、そうか。
考えるまでもなく、答えはそこにあるじゃないか。
俺にだけ挨拶をせず、目も合わせない斎藤。

つまりはそういうこと。
俺の顔も見たくない程、斎藤は俺のことが嫌いなんだろう。

そうと気付かず、毎朝毎朝挨拶をして……
さぞや斎藤は俺を鬱陶しく思っていたことだろう……

俺の隣の席の斎藤。
クラスで一番近いはずなのに、今はクラスどころか、学校で一番遠くに感じる。

斎藤が俺のことを嫌いなら嫌いで、せめてその理由だけでも知りたいと思った。
こんなもやもやとした気持ちを抱えたまま、斎藤の隣に座っているのはつらすぎるから。

放課後を待って、俺は斎藤に話しかける。

「なぁ、斎藤……」

いつもは朝しか話しかけない俺が放課後も話しかけたせいか、斎藤の肩が一瞬ビクッと震えた。
あ、なんか傷つく……

「なんていうかその、話があるんだけど… あ、別にそんなたいしたことじゃないっつーか、多分すぐ…すむ……」

って、俺がこんなに話しかけても、斎藤はうつむいたまま、やっぱり俺の方を見ようともしない。
それどころか、カバンにノートとかを詰める手すら止めようとする気配すらなくて。

(そんなに俺のことが嫌いかよ!)

そう思った途端頭にカッと血が上って、俺は斎藤の肩を掴むと、強引に自分の方へ向かせた。

「ちゃんと聞けよ! 斎藤!」

「あっ……」

「え?」

するとそこには俺の予想に反して、顔を真っ赤にさせ、目に涙まで浮かべている斎藤がいて。
驚いて俺が茫然としている隙に、斎藤は慌ててカバンを掴み、走って教室を出て行った。

体育以外で初めて見た斎藤の走る姿を、俺だけじゃなく、クラスの奴らも口をポカンと開けたまま見送る。

「何だ今の?」

「なぁ高橋、斎藤のヤツどうかしたのか?」

「あぁ……」

「…高橋、お前も大丈夫か?」

「なんかぼーっとしてんぞ?」

クラスメイトの一人が俺の目の前で手をひらひらと振る。

「あぁ……」

「……」

クラスメイトの一人は隣にいた奴と顔を見合わせて肩をすくめると、

「オレら先帰るからな?」

と、二人で教室を出て行った。

「あぁ……」

クラスの奴らが何か言っていたような気もするが、さっきの斎藤の表情が気になって、俺には何も聞こえない。
斎藤の気配が完全になくなってからハッと我に返った俺は、さっきの斎藤の表情をじっくり思い返していた。

俺が話しかけたらうつむいていて……
強引だけど顔を見たら、実は顔を真っ赤にさせ、目には涙まで浮かべていて……

って、あれ?

俺、斎藤には嫌われていると思っていたけど、普通嫌いな奴にあんな表情はしないよな?
嫌いならもっとイヤそ〜な顔とか、もっと冷めた目をしてるよな?

あんな真っ赤な顔、あれって何か恥ずかしかったり、照れている表情だよな?
……ん? 照れている?

斎藤が?

俺が話しかけたから?

あんなに顔を真っ赤にさせる程?

そこまで考えて、俺の顔もさっきの斎藤みたいに真っ赤になる。

「……っ!」

それってそれってもしかしてもしかしなくても、斎藤に嫌われているっていうより、むしろ好かれてないか!?

そう思った途端、全身がカーッと熱くなり、うれしさのあまり何でもいいからとにかく何か叫びだしたくなる気分になる。
いや、実際に叫んだらただの変人だから叫ばないけど。

「マジでか……」

俺はニヤけそうになる口元を手で押さえ、必死に隠す。

つまりはそういうこと。
斎藤に好かれていると思ってうれしさを感じたのなら、俺も斎藤のことが好きってことだろ?

俺は自分のカバンを持つと、いつのまにか誰もいなくなっていた教室を後にした。
どうやって斎藤に告白しようかと、またニヤけだす口元を抑えながら。
だってこんなにも愛しい気持ちを抱えたまま、斎藤の隣に座っているのはつらすぎるから。

俺が好きだと言ったら、つきあってほしいと言ったら、きっと斎藤はさっきみたいに真っ赤になって、そしてやっぱりどこかぶっきらぼうな返事をしてくれることだろう。
そんな斎藤のかわいい姿を想像し、俺はスキップしそうな勢いで帰った。

明日の放課後にはきっと、俺と斎藤は席だけじゃなく心の距離も、クラスだけじゃなく学校で一番近付いているに違いない。
そんな幸せな予感に、俺は自然と鼻歌を歌っていた。


―終わり―

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