神様だって恋をする
1 神様だって恋をする
お正月が終わったと思ったら、次の日にはもう冬物バーゲンとバレンタイン商戦が展開されて。じゃあ2月に入ったら飽きるのかと思いきや、全然そんなことはなくて。今度は冬物ファイナルバーゲンと限定バレンタイン商戦が展開されていた。
どこもかしこもキラキラふわふわした赤やピンクのハートやチョコのモチーフを飾り、これでもかって言う程、バレンタインをアピールしてきて、お腹がすいている時なんかにぼんやり見ていると、更にお腹が減ってきて、うっかり目を回しそうになる。
そんな時はすかさず、いつも隣にいるアイツが食べかけのチュッパチャップスを僕の口の中に無理やり突っ込んできて、僕はハッと我に返る。
前になんで食べかけなんだよって聞いたら、包装紙を剥いている時間がもったいなから、といつものゆる〜い笑顔で言われた。
じゃあ別のキャンディーでいいじゃんって言ったら、お前がこれ好きだろ?なんて言われて、僕はうっかり「そっかぁ! ありがとう!」なんてお礼まで言ってしまった。
後から誤魔化されたことに気づいたんだけど、アイツはいつものゆる〜い笑顔でしれっとチュッパチャップスを舐めていた。
僕は恨みを込めて、じっとアイツを見つめる。イケメンのくせに泣き黒子なんてフェロモンオプション付きだなんて、一度で二度美味しいってヤツだね。正直うらやましい。だって僕はどう贔屓目に見ても、「イケメン」タイプではないから。
僕がじっとアイツの顔を見ていると、アイツが何?って、いつものゆる〜い笑顔で覗きこんできたから、一瞬ドキッとした僕はそれを誤魔化すように「なんでもない」って言って、プイッと視線をそらした。
そんな感じでいつも一緒にいる僕達は、今日もアイツと二人、イルミネーションの眩しい街へと繰り出していた。
そして物陰から、とある仲の良い二人連れの男女の様子を窺うこと早一時間……二人は待ち合わせスポットである、ショッピングモールのツリー前で見つめあってもじもじしたまま、会話らしい会話がちっとも弾まない。
どうにか挨拶は済ませ、どうやら二人とも自分の後ろに隠し持ったプレゼントを渡すタイミングを計っているみたいだけど。さっきからお先にどうぞ… いえいえそちらが先にどうぞ… なんてことを繰り返していて、見ているこっちがじれったい!
二人が両想いっぽいのは周りには丸わかりなのに、肝心の二人は気づいてないなんて。いまどきドラマでもこんな純情展開ないよ!
…って、ハッ! いや別にストーカーとかじゃないから! これも僕の大事なお仕事の一部だから! だから通報しようとしないでぇぇっ
……コホン。えーでは改めて自己紹介を。
こう見えて僕、ローマ神話でおなじみ愛を司る神なんです。えっへん。
黄金の弓矢に背中にある愛らしい羽がトレードマークと言えば、ピンとくる人もいるかな?
そう、愛と美の女神ウェヌスをお母様にもち、火の神ウルカヌスをお父様にもつ、僕はクピド。愛の神。英語読みのキューピッドの方が、よりわかりやすいかな?
僕が手にしているこの黄金の弓矢の効果たるや絶大で。人間だけじゃなく神にまで効果は抜群なんだ!
だけど神話時代、僕はそれで大失敗をしたことがあるよ……
あれは今から大昔、今よりもっと神々の力が強大だった頃、あんまり弓矢の効果がすごいから、僕はおもしろくておもしろくて、いろんな人や神に射って遊んでいたんだ。
まぁはっきり言って、調子に乗っていたんだね。
ある時別の神に、本当に効果があるのか?ってバカにされて、それでついカッときた僕はその神を激しい愛情にとりつかれる黄金の矢で、たまたま近くにいた美女には恋を嫌悪するようになる鉛の矢で射った。
するとその神は近くにいた美女に恋い焦がれ、美女はその神を嫌い、不毛な追いかけっこが始まった。だけど相手は神だ。追い詰められ、いよいよ逃げ場がなくなった時、美女は父親に頼み、自分を月桂樹に変えてもらった。
こうしてこの騒ぎは収まったわけだけど、僕はものすごくショックを受けた。
だって僕のちっぽけなプライドのせいで、全然関係無い他人の人生を狂わせてしまったのだ。ショックを受けないはずがない。
僕は神だ。そして強い力を持っている。でもだからって何をしてもいいってわけじゃないのに…… 強い力を持っているからこそ、僕はその使い方をよーく考えなきゃいけなかったのに……
僕が気づかなかっただけで、今までにも僕のイタズラでたくさんの人や神を傷つけてしまっていたのかもしれない。
そう思うと目の前が真っ暗になって、全身にじっとりと嫌な汗をかいた。
いっそ全能神ユピテルにお願いして、神であることをやめようかとも思った。
そんな時だ。僕がアイツのことを知ったのは。
ギリシャの神々の中に、愛の女神アプロディーテを母に持ち、軍神アレスを父に持つ、恋心と性愛の神エロースがいるということを風の噂で聞いた僕は、はじめはすごくびっくりした。
だって美しいお母様がいることも、情熱的なお父様がいることも、それに与えられた役割まで何もかもがそっくりだったんだもん。当然興味を持った僕は、そのエロースという神に会ってみたくなった。
だけど当時は違う文化圏の人々とはあまり交流がなくて、だから神々との交流も今みたいに盛んじゃなくて。僕とエロースが会えたのは、それから大分時代が過ぎてからだったけど……
風の噂でエロースのことを知ってすぐに会うことは出来なかったけど、僕と同じような役割の神がいるということが、何だかすごく嬉しくて。僕は勝手にエロースのことを兄弟のように思い親近感を持った。
僕は自分のイタズラの結果にしばらく落ち込んでいたけど、エロースのことを知ってからは、いつかエロースに会えた時に胸を張って自己紹介出来るようにって、僕はいっそう神としての使命に打ち込むようになった。
弓矢だって、ちゃんと狙った場所にあたるよう、死に物狂いで練習した。僕の柔らかかった手にはいっぱいまめが出来て、そして潰れてを繰り返しいつしか固くなっていた……
正直痛かったけど、がんばればがんばる程、エロースと会える日が近づいてくるようで、僕は嬉しくてしょうがなかった。
それなのにアイツときたら、出会って僕が挨拶して、普通なら向こうも挨拶をして、それからいろいろ世間話でもしていくはずなのに、開口一番こうだ。
「…ふぅん。君がクピド? 思ってたよりかわいいね。どう、今夜ヒマ?」
なんて言って顔を近づけてきたから、びっくりした僕は思わずエロースを突き飛ばしてしまった。
だけどエロースはそんな僕に怒ることなく、一瞬きょとんとした後ゆる〜い笑顔で、
「うん、やっぱりかわいいね」と言って、それ以来なぜかずっと僕の側にいる。
僕の想像していたエロース像とはちょっと、いやかなり違ったけど、同じような役割を持つ神同士、僕達はすぐに仲良くなった。
あの時の下から見上げるエロースの笑顔に一瞬ドキッとしたのは、ここだけの秘密だ。
……と、僕がエロースと出会った頃のことを思い出していると、空腹に耐えかねた僕のお腹がキュルル〜と情けない音を出す。するとアイツがすかさず、僕の口に食べかけのチュッパチャップスを突っ込んできた。まぁおかげで我に返ったけど。
だからって食べかけはやめろっつーの。…て、これ!
「カスタードプリン味!」
僕がパァッと顔を輝かせてアイツの方を振り向くと、アイツは得意そうにゆる〜い笑顔で胸を張った。
「そ。お前プリン大好きだろ?」
「うん! プラム・プディングもいいけど、あれはお茶とセットじゃないと幸せになりにくいんだもの。その点カスタード・プディングは偉大だよ。あのなめらかな舌触り、甘さを引き立てるカラメルのほろ苦さ! 一口食べただけで幸せになって、一緒にとろとろとろけちゃうんだから!」
僕がカスタード・プディングについて熱弁していると、アイツはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「…お前はどこのスイーツ王子だよ」
むむ! これはダメだ! カスタード・プディングの偉大さが全然伝わっていない。これは明日にでもカフェ巡りをして、カスタード・プディングの素晴らしさを教えてあげねば!
僕がフン!フン! と鼻息荒く決意を固めると、いつのまにか新しいチュッパチャップスを食べながら、アイツがチラッと大通りの方へ視線をやる。
「…で? あっちの方はもういいわけ?」
と言われて、僕はハッとする。
そうだった! 僕は今、大事な使命の途中だったわけで。
僕は手にしている黄金の弓矢を握りなおし、先ほどからあたたかく“見守り”続けていた男女の様子を再び窺う。(だからストーカーじゃないってば!)
僕は神話時代の頃にとんでもない間違いを犯してしまった。だからこそ、今では慎重に“力”を扱うようになった。
僕は愛の神クピド。人と人の縁を取り持つのが僕の使命でお仕事。
弓矢の力は同じ神でさえ逆らえない程強力だ。だが強い力ゆえ、間違った使い方をすると、必ずどこかでしわよせが来てしまう。月桂樹に姿を変えたあの美女のように……
だから僕は僕なりに一生懸命考えた。
これから弓矢を使う時は、お互いが心の奥底でちゃんと想いあっている二人だけにしようって。
…それで、僕達があの男女を物陰からこっそり見守り、二人がちゃんと想いあっているかどうか確かめてたってわけ。これでストーカーじゃないって、わかってもらえたかな?
まぁ僕達が見守るっていうよりは、主に僕が、って感じなんだけど。
僕だけがこのやり方に熱心みたいだし、その間エロースはヒマそうだから、前に僕がお仕事中は別の場所で待ってていいよって言ったら、「ボクはずっと誰かに片思い中の一途な子を見守るのにいそがしいから、気にしないで」と言われた。
「ふぅん?」(エロースも一応仕事してたんだ……)なんて思って、それ以来何も言ってない。
本当はアイツが何も言わずに、ずっと側にいてくれるのが嬉しかったから……
…って、ハッ! せっかく“見守り”中なのに、肝心の僕が物思いにふけってちゃダメだよね。
僕は気合を入れる為にフン! と力強く呼吸すると、黄金の弓矢をキリリ…と構えた。
ここ数日の“見守り”で、あの二人が両想いなのは確認出来たし。あの二人が自分達だけで何とか出来るなら、いっそ僕は手出ししないでおこうかとも思っていたけど。いつまでたってもラチがあかないから、これは神(僕)からのギフト――背中のひと押しってことで。
慎重に黄金の弓矢を構え、静かに呼吸を整える。
深く息を吐くごとに、周りの喧騒は消えていき、頭の中がクリアになっていく。
そして余計な雑音が全て聞こえなくなった瞬間、僕はそっと手を放した。
放たれた矢は吸いこまれるように二人の胸を貫き、二人の小さな恋心はぼっと燃えあがった。
もじもじと消極的だった二人の瞳に強い意志が宿り、ようやく二人は無事にプレゼントを交換することが出来た。
二人の間にあった緊張して、ぎこちない空気も今は消え、かわりに綿菓子のようにふわふわとあま〜い空気が二人を包んでいる。
お互いにプレゼントを渡せてほっとした顔を見て、僕もほっと胸を撫で下ろした。
二人は二三言葉を交わすと、手を繋ぎ、ショッピングモールの中へ入って行った。
これでもう、あの二人は大丈夫。繋いだ手と同じように、固い絆で結ばれたのだから。
愛の神である僕が言うんだから、間違いないよ!
二人が楽しそうに会話している後姿を見送りながら、僕は使命を達成した満足感と、ちょっぴりの寂しさを感じていた。
だって僕だってずっと片思いをしているのに。
アイツのことがずっとずっと好きなのに。
人々の恋愛は僕達神がサポートするけど、じゃあ愛の神である僕の恋は、誰がサポートしてくれるの? 僕だけずっとサポートしっぱなしで、なんか……そんなのズルイ。
え? エロースに頼んでみたらって?
ううん。それはダメだよ。
だって僕は、いつもそばにいてくれるエロースのことが好きなのだから……
僕はヒマそうにチュッパチャップスを舐めているエロースをチラッと見ると、気づかれないようにそっとため息をつく。
(エロ―スがずっと“見守っている”子って誰なんだろう。いいな、エロースに見つめられていて。僕だってずっとエロースのことを見ているのに、エロースは僕のことは見ていない……)
出会ってから今まで、ずっとずっと一緒にいたのに、なんだか急に、エロースの存在を遠く感じた。
すると今まであまり気にならなかった寒さまで感じて、体がブルッと震える。
「さむ……」
僕が思わずつぶやくと、いつのまにか正面に立っていたエロースに、僕の両手はそっと包まれた。
「寒いはずだよ、こんなに冷えて。さ、もう行こう?」
いつものゆる〜い笑顔で顔をのぞきこまれて、僕の心は悲鳴をあげた。
エロースに優しくされると嬉しいけど。エロースは僕のことを何とも思ってなくて、だけど僕はエロースのことが好きだから、優しくされると嬉しさと同時にツラさも感じてしまうから……
「う、うん……」
僕は心の中がもやもやしたまま、どうしたらいいのかわからなくなって、そっとうなだれた。
するとふと、黄金の弓矢が目に入る。
ドクン、と心臓がイヤな音を立てた。
ドクドクと脈が速くなり、やけに喉が渇いてゴクリ、と唾を飲み込む。
その音はエロースにも聞こえたんじゃないかと思えるほど大きくて、僕は思わず冷や汗をかいた。
(もし…もしこの黄金の弓矢を僕がエロースに射ったら?)
弓矢の威力は凄くて、人々はおろか、神々でさえ逆らえない――
……使ってしまえよ。そうすればこの長い片思いから解放されるぜ……
心の奥底で、もう一人の僕がそんな甘い言葉を囁きかける。
(そうだ…使ってしまえばきっと、エロースは僕のことを見てくれるはず…)
弓矢の威力は絶大だ。それこそ人一人の運命なんて、簡単に変えてしまうほどに――
……“僕”はエロースのことをずっと見ているのに、エロースはずっと別の誰かを見ている。そんなのって、ズルイじゃないか……
(そうだ、ズルイ! 僕ばっかり長い間片思いしてて。僕は神なんだから、たまには自分の為に力を使ってもいいはず!)
だからこそ僕は一生懸命力の使い方を考えたはず。もう二度と、僕のちっぽけなプライドを満たす為なんかにイタズラには決して使わないと――
……それなのに今度は、自分のエゴでその誓いを破ろうと言うの?……
(そうだね…… エロースに胸を張って会えるようにって、今まで頑張ってきたのに。そのエロースの愛が欲しいからって、僕はまた間違いを犯そうとしてた。どうしようもないバカだ!)
それに道具の力に頼ってエロースの愛を手に入れたとして、初めのうちは嬉しいかもしれないけど、きっとそのうち、僕はその愛を信じきれなくてなってきて不安になってしまうに違いない。
道具の力でエロースの運命を僕に縛りつけるのも、きっとしてはいけないこと……
どうにか思いとどまった僕に向かい、もう一人の僕は微笑むと、ふわっと消えていった。
残されたのは胸にぽっかりとあいた穴。
その穴に向かって、いろんな感情がごちゃごちゃになって、渦を巻きながら流れていく。
だってエロースが好きなんだ……!
思わず道具の力を借りてまでエロースの愛を手に入れたいと思うほど、エロースのことが好きなんだ。
エロースの愛が欲しいと願う一方で、僕はエロースとの友情も壊したくなくて。
贅沢だって怒られるかもしれないけど、僕はエロースのことを友達としても、とても大切に思っているんだ。
もしこの思いを告げて、友情まで壊れてしまったら?と思うと、僕は怖くて怖くて目の前が真っ暗になってしまった。
心の中も頭の中もぐちゃぐちゃで、僕はもうどうしたらいいのかわからなくなってしまい、うつむいたままボロボロと大粒の涙をこぼした。
「うううっ」
「えっ ちょっ クピド!?」
突然泣き出した僕を見て、エロースがぎょっとする。
いつもゆる〜く、ヒマそうにしているエロースでも取り乱すことがあるんだ、なんて、泣きながら半ば現実逃避している頭のすみっこで、そんなことをぼんやりと思った。
エロースは左手で僕の手を握ったまま、右手で僕の涙を拭ってくれるけど、後から後から涙がこぼれてきて、しまいにはエロースの手まで濡らしてしまった。
「どうしたのクピド? ね、泣かないで。好きなコに泣かれると、ボク弱っちゃうよ。あ、ベッドの上は別だけどね☆」
僕を泣きやませようとして、エロースが何か冗談を言ってパチン☆ とウィンクしたけど、僕はそれどころじゃなくてまだボロボロと泣いていた。
涙を止めようとしたって後から後から勝手に出てくるし、泣きすぎて頭の中は余計にパニックになってくるし、なんだか鼻水も出てきちゃいそうだしで、いろいろ大変だった。
いっそ今ここで僕の思いを打ち明けてしまえば、と思う。
たしかにそれで僕は楽になれる。
でも聞かされたエロースは?
エロースのことだからきっと黙って聞いてくれると思う。思うけど…… 聞くのと僕の思いを受け入れてくれるのとはまた別問題だ。
僕のことを何とも思ってないエロースに思いを告げても、エロースの負担になるだけだ。
やっぱり言えないよ…!
そう思ったら、また涙がボロボロ出てきて、僕はもう一生このまま泣き続けるんじゃないだろうか?っていうくらいの勢いで泣き続けた。
「ね、泣きやんでよ。ボクのかわいいクピド」
「だ…だっで……どまぁ、なっ……っ」
エロースは軽く息を吐くと、いつものゆる〜い笑顔ではなく、急にフ、と真面目な顔で僕に微笑んできた。
そして僕の頬を両手で包む。
初めて見るエロースの大人っぽい表情に、僕の視線は釘付けだ。
いつも以上にうるさい胸の鼓動に気をとられ、やたらエロースの顔が近いな、なんて思っているうちに、僕はエロースにチュッとキスされた。
「!!!」
あまりにもびっくりしたものだから、思わず涙が止まった。ついでに体の動きもピシッと止まった。
「よし、涙とまったな。……って、息は止めなくていいから」
エロースに頬をペチペチと叩かれ、僕はハッと我に返る。止まっていた時間を取り戻すかのようにスーハー息を吸い、さっきエロースにされたことを思い返してみた。
あ、あれってもしかしてもしかしなくてもエロースにキキキキスされたってことだよね!? 唇ってやわらかくて気持ちいいものなんだ……もう一回してくれないかな? ってそうじゃなくて! これってつまりは僕とエロースがキキキスしたってことで。だから、その!
……!!!……
そう思った瞬間、カーッと顔が赤くなり、血が沸騰しそうな程熱くなって全身をガーッと駆け巡った。
きっと今、僕の顔からは熱さのあまりしゅーしゅーと湯気が出ているに違いない。
僕はエロースとキキキキス出来て嬉しいけど、エロースは別に僕のこと何とも思ってなくて……
でもエロースの方から僕にキキキキスしてきたのに…… って、そうか…… 僕のこと何とも思ってないからこそ、冗談でこんなことできちゃうのかな?……って、そう思ったら、止まったはずの涙がまた目にじわって浮かんできた。
そんな僕を見て、エロースはいつものゆる〜い笑顔になると、また顔を近づけてきた。
(またキスするのかな?……)
そう思ったら現金なもので、僕の涙はまたピタッと止まる。そして静まっていてはずの鼓動がドキドキと暴れだした。
例えエロースが僕のことを何とも思ってなくても、僕はエロースのことが好きだから冗談でもキス出来るのは嬉しくて……
後でつらくなるのがわかってて、僕は誘惑に負けてそっと目を閉じた。
……が、そんな僕にエロースがしたことは、キスではなく鼻つまみの刑だった。
びっくりしてフガッて変な声が出る。
「ったく、クピドの鈍感。超鈍感。このニブチンめ」
エロースにニブチンと言われ、僕はブチッとキレた。
キレた勢いでエロースの肩をどん! と突き飛ばす。
しまったと思った時にはもう遅くて、僕は今までため込んでいた思いをエロースにぶつけていた。
いけない、こんなのただの八つ当たりだと思うものの、堰を切ったように口は止まらなかった。
「僕がニブチンだって!? エロースの方がよっぽどニブチンじゃないか! 僕はずっとずっとずっとエロースのことだけが好きなのに。エロースはちっとも気づいてないじゃないか!」
「ん。知ってるよ」
いつものゆる〜い笑顔でそう返され、僕は思わず素っ頓狂な声を出す。
「へ!?」
「だから知ってるって」
「ななななんで!?」
パニックを起こしている僕に、エロースがまたそっと近づいた。
「なんでってそりゃあ、ボクもクピドのことが好きだし。お前いっつもボクのことぽ〜っとかわいい顔で見つめてくるし。第一、好きでもない奴の食べかけの飴なんて、気持ち悪くて普通食べられないって」
「……っ!」
言われてみれば確かに思い当たる節も何個かあって。
でも、でも、でも!
「そ、それならそうと、もっと早くに言ってくれたらよかったのに……」
嬉しいやら恥ずかしいやらで僕がつっけんどんに言うと、エロースは僕の頬を両手で包み、とびっきりの笑顔を浮かべた。
至近距離でエロースからそんなことを言われ、僕の胸はこわれてしまんじゃないかと思える程、ときめく。
「だって、ボクの方がクピドのこといっぱい大好きなんだから、告白ぐらいお前からしてほしかったんだもん」
だが理由を聞いて、僕はへなへなとその場に座り込んでしまった。
そんな理由で、そんな理由で、僕は何千年も悩みつづけていたのか……!
僕が地面とお友達になっていると、頭上でエロースがゆる〜く声をかけてきた。
「ボクの笑顔に見とれて腰砕けになっちゃった?」
「ううん。なんだかドッと疲れた……」
「アハハ。ん。そうだよね。まだナニもしてないのに腰砕けになってもらったら困る……」
そう言って自分の唇をペロリと舐めたエロースからは、何て言うかその、大人の色気みたいなものがあふれていて、僕はなんだか急に恥ずかしくんって来て、そっと目を伏せた。
そんなこんなで、僕の何千年にもわたる長い長い片思いは終わりを告げることとなった。(今から思うと何であんなに悩んでいたんだろうってくらい、あっけなく)
ねぇ、僕達神様だって恋をするんだから、ましてや君達人間なら尚更だよね。
でも大丈夫。
もし君達が悩み事にぶつかったら、周りの人達や僕達愛の神に相談してみて。
君の思いが真剣なら、応援してくれる味方がきっとあらわれるから。
愛の神である僕が言うんだから、間違いないよ!
「お前、なに一人で得意気になってるの?」
「ううん。なんでもない」
僕は隣にいるアイツに笑いかけて手を握りあうと、次の“見守る”ターゲットを探しに街へと繰り出して行った。
―終わり―
→next
Waldundseeburgシリーズ
*←前
2/2ページ
目次へ戻る0