イギリスに来たばかりの頃だったと思う。私の住んでいた場所は日本でもあまり雪の降らない地域で、降り積もったとしても靴で踏み締めると黒く汚れてしまう程度だった。
そんな私はイギリスで初めて、辺り一面を覆い尽くす雪を見た。ふわふわとしているのにその結晶たちは肌に触れるとひんやりとして冷たく、名前はローブに積もり始める雪も気にせずに走り回った。

その時の気分に似ている。降りしきる純白の雪に心が躍る、不思議でふわふわした気持ち。けれどすぐに溶けて指の間から地面へ流れていくそれを見つめ、小さな危機感を感じる、あの感じ。



「お、早かったな」

瓶詰めにされるような感覚から抜け出すと、黒髪の彼がキッチンから出てきた。茶色の紙袋を両手に持った私に駆け寄ると、ひょいっとそれらを持ち上げる。

「林檎が安かったの。真っ赤で美味しそうでしょう?」

「あー、俺はチキンの方がよかったかな」

「あはは、シリウスったらそればっかりね」

二人で笑って、カウンターになっているキッチンへ荷物を置いていく。中から取り出したのは随分我が家から消えていた調味料やら食材たちだった。



「ごちそうさま」

って言うんだったよな?と続けたシリウスに頷く。食事の際に挨拶をするのは日本だけなのだと知ったのはローブがまだぶかぶかだった頃だ。シリウスは学生時代から私をみていたので知っている。日本は礼に始まり礼に終わることを。





例のあの人が再び失脚し、生き残った男の子が誕生した時と同じく魔法界は歓喜に包まれた。未だ死喰い人たちは我が君の失脚を信じず、抵抗を続けている。
しかしそれも時間の問題で、支配者を失った彼等がアズカバン送りにされるのは避けられない運命だった。
毎晩のように降り注ぐ流星のシャワー、歓喜に呑まれお祭り騒ぎの魔法使いたち。そんな片隅で、世界はどんな魔法にも負けない奇跡を起こした。

死んだはずの人間が生き返るという話は、どんな童話にも存在する。それは大概が死者に化けたモノマネ妖怪だったりする。けれど、目の前のシリウスは彼以外の何者でもなかった。亡者でもない、ましてや幽体でもない。しっかりと肉体に魂を宿した彼が、そこにいた。
彼を呑み込んだアーチが、一体どう言った物だったのか、普通の魔法使いでもそれを理解するのは難しい。ただそれは漠然と死というものを突きつける。
ダンブルドアは、いつもキラキラ輝いていたブルーの目を伏せ、掠れた声で言った。「あのアーチは気まぐれで、人を連れ去ってしまうのじゃ」と。





「不思議、わたしシリウスに触れてる」

ソファーに座り込んだ私の手に、シリウスの大きな手が触れた。細くてゴツゴツした手に包まれると胸の奥が熱くなって、その度に泣きそうになる。
シリウスを失ったあの日を思い出して泣きそうになる。想いが溢れ出してしまう、こんなにも愛しくて、こんなにも触れていたいと思うなんて。



「名前、どうしたんだ」

顔を覆ってしまった私にシリウスが語りかける。不安で仕方ないのだ。彼の愛に甘えたくて、でもそれをしてしまえば再び消えてしまったとき私は何も出来なくなってしまう。それがとてつもなく、怖かった。





20120208 杏里





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