※作品としてBLOOD+の世界観を拝借しています。知らない方はWikipediaさんを参考にしてみて下さい。

この作品のヒロインはBLOOD+の主人公、小夜の双子の妹ディーヴァの双子の娘の片割れという設定です。













その転校生は日本人にしては少し色白く、艶やかな黒髪を肩の辺りで切り揃えていた。けれどそんな女子は他に五万と居るこの日本で、彼女だけが光るなんてそんな都合のいいことはなかった。
そんな彼女の長く束になって宙に持ち上がる睫毛が揺れ、教室を眺めていた瞳が細まった。


「初めまして、宮城名前です」

凛とした声に俺はもう一度、瞬きをして見つめた。けれど、相変わらず宙を見つめる転入生に急速に興味を失っていく。
健康的な脚に細くて長い指。ふっくらした唇。一見、どこにでも居そうな普通の少女。そう、ほんとうに平凡な、少女だった。


だから俺はすぐ視線を逸らし、適当に教室内を眺めることになった。それはただ単に、先程述べたとおり彼女に興味がないのが原因だった。


しかし、それは間違いであったのだと後々、判明する。






立海近くの路地裏で、男性の遺体が発見されたのが三日前。世間に噂としてまことしやかに語られ、真実と公にされたのが今日。肉が抉られ、血を貪ったような痕跡の残る死体だったらしい。第一発見者が部活帰りの学生であったためか警察が口止めする前に情報は漏洩してしまったのだ。

「神奈川も物騒になったよな」

「全くじゃ」

丸井の前の席に腰掛け、学校中に駆け巡っている例の噂に耳を傾けながら俺は溜息をついた。
正直な話、この様な世間一般でいう悲惨な事件は、よっぽどの事がない限り、そう、例えば事件の当事者、被害者か加害者にならなければ見えない何かで仕切られている俺たちに危害が及ばないのが世の中と言うものである。

いつ誰が加害者になり被害者になるかなんて分からないと人は言うけれど、実際は何十億人とひしめき合うこの地球で、それに遭遇するのはほんの一握りだ。


「おかげで当分部活は早上がりじゃと」

「ああ、ジャッカルが回してきてたやつか。俺等は赤也に回せばいいんだろぃ?」

丸井がメール作成画面の宛先に、赤也のアドレスを選択した。返事はすぐに返ってきて、内心狂喜しとるのが見え見えじゃった。まあ真田に殴られる時間が減ると考えたら分からんこともないが。





「はあ?忘れ物?」

「やばいっすよ、明日提出の英語の課題!机の中にいれっぱなんすよ!」

「だからって俺等巻き込むとか有り得ん」

部活が終わり、少し早めに帰宅出来ると思ったら、阿呆な後輩、赤也が学校に引き戻せと言い出した。もう随分歩いてきたっちゅうのに何言っとるんじゃ。

「さ、サーティワン、ダブルで!」

「……トリプル」

「…」

「トリプル」

「……分かったっす、トリプルでいいっすよ」

「よっし、乗った!仁王行くぞ!」

「ブンちゃんらで行きんしゃい、俺は早く帰って寝たいナリ」

「何言ってんだよ行くぞ」

思えば、赤也の英語の課題なんぞ放置しとればよかったんじゃ。三人でそのまま帰っとれば、よかったんじゃ。




赤也が課題を取り終えて昇降口に戻ってきたとき、俺は不意に顔を上げた。耳を澄ましてみると、何か嫌な音がした気がしたのだ。
思わず立ち止まって周囲を確認する。耳を澄ますと聞こえてくる、嫌な音。何か堅い物が砕かれているような、潰されていくような音。


「どうしたんだよ仁王」

「…なんか、変な音せんか?」

「仁王先輩冗談きついっすよ〜音なんて何にも……」


背後で妙な音がした。少し高い場所から何か重量のあるものが落とされたような、嫌な音が。
俺たちは思わず硬直した。途端に鼻を掠める鉄の臭い。恐る恐る振り返った俺たちが見たのは、


「体育の、川畑…」

赤也の声が震えていた。何で顔がこっち向いとるのにまったく焦点が合わんのか、頭と胴体を繋ぐ首が捻れとるのは何故か、あちこち血塗れなのは、何故か。
分からないことだらけで、頭が真っ白になる。その川畑だった塊を投げ落とした何かが、俺たちを見つけてしまったことにも気付かずに。


視界の端に見えたのは、茶色の皮膚。形容しがたい醜悪なその赤い目と、目があった。咆哮が上がる。獣じみた、甲高い悲鳴のような雄叫びだった。


「うわぁああぁあぁあああぁあ!!」

気付いたら走り出していた。何がなんだかさっぱりだった。いや、考える暇などなかった癖に頭の中は妙に冷静だった。
逃げなければ、次に『ああなる』のは自分たちだと、分かっていたからかもしれない。




「な、何なんすかあれ!」

「知るかよぃ!!」

「とにかく今は走りんしゃい!!」

化け物は驚異的なスピードで背後から迫ってきていた。獣のように地を這い回り、剥き出しの歯が、覗く舌が、誰かの血で汚れている。腕には薄い膜のような羽があり、その姿はまさに蝙蝠を模した異形の怪物だった。

咄嗟に二号館の方へ逃げ込んできた俺たちだったが、相変わらず化け物は執拗に追いかけてきた。苦渋の判断の後、近くの空き教室に飛び込んだ。
あわよくば、そのまま奴が通り過ぎて、その隙に抜け出せたら。

「行った、のか…?」

「た、たぶん…」

化け物は俺たちに気付かず、そのまま建物内を直進していった。胸を撫で下ろす暇などない。早くここから逃げなければ。
途端に、教室の扉が開けられた。俺たちは飛び上がり、目を見張る。見つかったか、と窓からの逃走を図ろうとしたが、その前に呼び止められた。


「こんな所で何してるの」

そこに居たのは、昼間見かけたばかりの転校生だった。





「お、お前こそ何で此処にいるんだよぃ!」

「…誰っすか、この人」

「今日転入してきた宮城さん」

学年が違う赤也はまだ知らなかったようだ。教えてやると、赤也は慌てたように宮城名前の手を引いた。

「あんたも早く逃げるんだ!」

「は、」

「そうだよぃ!此処にはあの化け物が徘徊してんだ!」

化け物、と聞いて宮城名前がピクリと反応した。スッと細まった瞳が、瞼によって隠れ、再び開かれた目は紅に赤く染まっていた。

「その化け物、何処に行ったの」

淡々と呟いて宮城名前は俺たちを見据えた。その時初めて、暗がりの教室の僅かな夕日の光を浴びた宮城名前から彼女の全体が見えた。赤也に引かれた手と反対に、ずっしりとした、まだ鞘に収まったままの刀を持って居るではないか。

赤也もそれに気付いたのか、「何すか、それ…」と声を震わせる。


「これ?」

宮城名前がガチャリと刀を前に持ち出した。赤也の手をやんわりと退けてから鞘を抜く。
現れたのは鍔際にある刃からLの字に曲がり、真っ直ぐに伸びた刀身の刀だった。夕日を浴びて、銀色と橙が反射する。

「これはね、」

宮城名前はその鍔際の鋭利な刃に自身の片手を躊躇なく押しつけた。丸井が「おい!何してんだよぃ!」と焦った声を出す。しかし、特殊なその刀身は刃に彫られた溝に血液が伝い、流れていく。
宮城名前は少し姿勢を低くし、真っ直ぐ刀を構えた。そして、丸井目掛けて刀を向ける。


「は、一体、な…」

ひゅんっと軽快な音がして、宮城名前が丸井の横を通り過ぎて背後の窓ガラスに突進した。
途端に窓ガラスの割れる音。腕で頭を庇いながら振り返ると、あの化け物がそとから窓ガラスを割って侵入してきていた。
宮城名前はそのまま突っ込んでいき、自分の鮮血の滴る刃を化け物に突き立てる。鮮血が吹き上がり、宮城名前の制服を汚した。そして一度刀を引き抜くと、彼女は跳躍、天辺から化け物を一刀両断した。

生々しい肉片となるはずだった化け物は、刀の触れた面から赤い結晶として、崩れ落ちていった。



「この化け物は翼手。血を食らう化け物」

振り返った少女は呟いた。顔に貼り付く鮮血を拭うこともなく、ただ真っ直ぐに。

「こいつらは不死でね、私の鮮血を体内に流し込まないと絶命しないの」

少女は懐から取り出した銃を構える。途端に廊下からあの叫び声が響いた。そして破壊された扉。またあの怪物が現れた。
躊躇無しに宮城名前が弾丸を撃ち込む。それは化け物の眼球に命中したが、細胞分裂のように増殖した肉片により回復した。

しかし先程振るっていた宮城名前の鮮血が付着した刀を突き立てる。すると、化け物は見るも無惨に朽ち果てていった。




連載にする、かも。
20120121 杏里

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