(バイト先の先輩たちな立海)




深緑のスカートが小走りになると揺れて、口元まで引き上げた学校指定のマフラーから漏れた吐息が白く、灰色の空に上がっていく。
学校近くの繁華街、そこの片隅でひっそりと営業しているカフェでバイトをしている。オーナーの趣味で描かれたルノワールの模写が目印の、少しレトロでアンティークなお店だ。そこは珈琲やドリンクだけではなく、ちょっとした料理も出していて、私はその厨房で働いている。


元々はそこの常連だったのだが、オーナーの幸村さんに頼み込んで厨房を取り仕切っている丸井さんに弟子入りさせてもらったのだ。

最初はバイト代はいらない、と言っていたのだが仕事が板に付くにつれて幸村さんがこっそりくれるようになった。気付いたら従業員のみんなが、ちょっとずつコソコソくれるようになった。結局、それをオーナーに打ち明けたところ、やっぱり頑張ってるから給料を払ってやってくれという話になり、大賛成だったオーナーから給料を戴く形で働かせていただいている。

弟子入りした分際で、給料まで。オーナーは神なのではないだろうかと言えば「はは、昔、神の子って呼ばれてたんだけどね」と言っていた。一体どういう経緯でその名が付いたのか未だに疑問である。


「おー、早いのう」

「あ、仁王さん」

従業員専用の休憩室に向かおうと裏口に回れば在庫整理をしていたらしい仁王さんと鉢合わせした。

「おはようございます」

「ん、おはよーさん」

手元のリストと睨めっこしながらボールペンを顎に当てていたらしいが、挨拶の時はちゃんと目線をくれて小さく笑ってくれた。




仁王さんは在庫整理、表での接客、はたまた厨房が忙しいときにナイフを握ることもある。俗に言う何でもそつなくこなすオールマイティーな人だ。
銀髪に口元にホクロ。ウェイター服を着ていてもちょっとミステリアスで危ない色気を醸し出している仁王さんだけど品行方正で紳士的なテーラーの柳生さんと仲がいい。車の鍵にはチキンラーメンのあのヒヨコのストラップがぶら下がっている、そんな不思議な人。
軽く頭を下げて休憩室に引っ込もうとしたら仁王さんに引き止められた。



「あー、悪いんじゃが後で買い出しに行ってくれんかの。あと、テイクアウト用の紙箱が不足気味で足りんかもしれん、同じ業者から発注しとる亜久津の店から余っとるやつ譲ってきてもらいんしゃい」

「あ、表通りのケーキ屋さんですよね。わかりました」

「ありがとさん、今日のシフト終わったら何かまかない作っちゃるから」

「えっほんとですか!やったー!」

「はは、大袈裟やのう」

思わず嬉しくなって飛び跳ねたら仁王さんはくすぐったそうに笑った。こうなったらぐずぐすしてられない。仁王さんに再び頭を下げて休憩室に飛び込んだ。
そこには経理担当のマネージャー、柳さんに丸井さんと私と同じで厨房担当のジャッカルさんがいた。
皆さんにも挨拶をして、荷物を自分のロッカーに仕舞う。そして従業員用の制服を鞄から取り出して、…ああ、今使用中だ。

ここの店には着替えブースが一つしかない。今は誰か使っているのか、カーテンが閉まっている。と、思ったら、開いた。


「む、苗字か。おはよう」

真田さんだ。この店の店長。とても真面目ですぐ怒鳴っちゃうのが玉に瑕な人。主に私より少し前に入った同じ見習いの赤也くんが主なターゲットである。でも、昔はもっと怖かったらしい。皇帝って呼ばれてたんだっけ。

「おはようございます、真田さん」

挨拶を交わして、入れ替わりで着替えブースに入る。うちの店の制服はモノクロトーンのウェイター服。元々女性を雇う予定はなかったらしいから、どれも男性仕様だ。
オーナー、店長、マネージャー、柳生さん、仁王さんはウェイター服。
厨房の丸井さん、ジャッカルさん、赤也くん、私の場合はウェイター服の上に腰に巻いてる黒エプロンを掛ける。つまり、どっちの服にでも出来るのだ。
髪は一つに束ねてお団子に。私の場合はワインレッドのベレー帽を被ってる。丸井さんたちはグレーのキャップ帽だ。


「ほれ、買い出しのリストじゃ。で、これが経費」

制服に着替えてブースから顔を出した私に仁王さんが小さなメモを渡した。それから小さな、がま口財布。

「苗字、オリーブはいつもの店からでいいぞ」

「わあ、柳さん。分かりました、行ってきます」

向こうの机で書類と睨めっこしてたはずの柳さんが背後から声を掛けてきた。いつものことだけど毎回驚いてしまう。
入れ違いに赤也くんが休憩室に入ってきた。立海大学の三年生である。かく言う私はその三個下。まだ附属高校の三年生。だけど赤也くんは「くん」付けしてしまう。何でだろ。


「あれ、名前どこ行くんだよ」

「買い出しー」

「えー、俺も行きてえ」

「赤也はまだ厨房準備があるじゃろ」

「そうだぜ赤也、ブン太が先に厨房居るからその手伝いだ」

「ジャッカル先輩居たんですか」

「俺はずっと居たぞ」

「だいたいお前はいつも遅刻ギリギリではないか、たるんどる!!」

「ひぃい、ふくぶちょ…じゃなかった店長、まだ三分あるじゃないっすか!」

「たわけ!!あと三分で着替えて慌てて厨房に入ろうという考えがたるんどると言うのだ!」

赤也くんへのお説教をBGMに休憩室を出た。早くバイト終わらないかなあ。仁王さんのまかない食べたい。







結局、買い出しが終わって亜久津さんの店に行ったら新作スイーツを渡された。味見して感想寄越せって、ええ…いいのかなあ。それからお店に帰って休憩室の冷蔵庫にスイーツを仕舞って厨房へ。
バイト上がってから仁王さんを待つがてら、スイーツをむしゃむしゃしてたら丸井さんに残りを食べられてしまった。
このスイーツが一体誰の作ったものかに気付いた丸井さんは必死で謝ってきた。そして彼まで、まかないデザートを作ってくれるらしい。

まあ結果、閉店した後、休憩室でみんなでわいわいしてたんだけどね。オーナーが出張から帰ってきて、そのお土産も合わせてパーティーになるまで、あと15分。



立海テニス部OBでカフェ開いてそう。
20120129 杏里

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