「土台無理な話なのよ、AKUMAだとかエクソシストだとか、どちらかが勝つなんて。人間同士でさえ未だに争ってんのにAKUMA倒して世界の終焉食い止めます、なんてさ」

長い黒髪がぱさりと揺れて、彼女の顔に影を落とした。ホームに運び込まれた無数の棺。ファインダーにエクソシスト、一体何人死ねばこの戦争は終わるのか。

「甘ったれたこと言うんじゃねぇよ、そんなもん今更だ」

深い藍色の髪を靡かせる青年は眉根を寄せて吐き捨てた。そう、今更だ。百年間続いたAKUMAと人間、エクソシストとの戦い。きっと私たちだけでは無いに違いない。その時代の人々も願ったはずだ。早くこの戦争が終わるようにと。
しかしこの歴史は未だに進み続ける。止まることはない。何故なのか。



「AKUMAは人間から生まれるんだもの、費えることは私たちの終わりが訪れるとき」

人が居る限り、この世界からAKUMAは消え去らない。全世界の人間に事細やかに説明できるだろうか、AKUMAの誘いには乗ってはいけないと。一体何人の人間が信じてくれるだろうか、この血に塗られた歴史を。



「ラビが言ってた。この戦いは負け戦だって」

「…だから何だよ」

「私たち、何のために戦うの?負けるってわかってて守るものが神田にはある?」


神田は珍しくあの形のいい眉を釣り上げた。怒りからではない。それはあまり感情を表に出したがらない彼にとって、とても珍しい表情だった。


「神田を奮い立たせるものは何?勝ちたいって、救いたいって思うものは?」

名前の長い睫毛が上を向いた。柔らかな光、星屑を散りばめたような光りが彼女の瞳に宿っている。それが彼女のイノセンスだということを神田は知っていた。


「私にはあるよ、守りたいと思うものが」

だから、と続けた名前は言う。


「戦うよ、最期まで」






「何が、最期までだ」

彼女の長い睫毛が持ち上がることはない。運び込まれた彼女の目は片方が不自然に窪んでいた。ノアにイノセンスの宿る目を奪われた彼女は片目を伏せて苦笑した。

「ごめん、神田」

「何で逃げなかった、何で。お前みたいなマヌケが適うような相手じゃないくらい分かってただろ!」

「うん、分かってたよ。本当はね、死ぬつもりだったの。あ、誤解しちゃだめ、言葉が悪かったね。死ぬ覚悟は出来てたって事」

名前を襲ったノアは彼女のイノセンスを奪うと握りつぶし、とどめを刺さずに消えてしまったらしい。名前は、ティキと名乗っていたという。

「彼、私に言ったの。殺されるより生き残ることの方が怖いんだろうって、最後のひとりになるのが怖いんだろうって」

医療班の管理する塔のベッドの上、名前は弱々しく呟いた。

「だから生かしておく、イノセンスを持たないエクソシストがどんなに惨めかを味わってくるといいだってさ。言ってくれるよね」

今となってはリナリーもイノセンスを復活させることが出来たが、名前の場合イノセンスを消滅させられてしまったのだ。しかし、ノアの手によって殺されることなく、生きる苦しみを味あう羽目になるとは。

「ラビとお揃いになっちゃうなあ」

「バカウサギが二匹?願い下げだな」

「神田ったら酷い」

クスクスと笑う名前は俺を見つめる。その瞳に星屑が散りばめられることはもうないのだけれど、吸い込まれそうな真っ黒な瞳は相変わらずだった。
この怪我がある程度完治すれば、彼女は黒の教団から姿を消す。力を持たないエクソシストは早々に追い出されてしまうからだ。


「神田、私ね、私が守りたかったものはね」

今はもう無い片目から、涙が零れた様な気がした。



「神田の、背中だよ」





20110817 杏里

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