「雅治!」

にっこりと笑いながら俺を見た女に首を傾げた。見たことのない制服だ、女は俺の座っている席の前まで来ると「久しぶり」と笑った。

見知らぬ女が教室に侵入したというのに、周囲の生徒は何ら違和感を醸し出さない。寧ろ何の興味も示していない。そう言えば、今何の授業だったか。生徒もちらほらとしか見あたらない。先生も居ない。

ブンちゃんも、クラスに来ていたジャッカルも「何だよ仁王知り合い?」と俺を見た。そして、否定のため、首を振る。

近くにいた委員長の鈴木を呼び止めて話を聞けば、俺たちが全国大会に出ていて公欠だった間の転入生らしい。突然のことだった為、まだ制服がないらしく前の学校のを着ているんだと。


しかし、だ。
親しげに語りかけてくるこの女を、俺は知らない。


「は?じゃあ何なのコイツ」

「新手の追っかけかのう」

こしょこしょとブンちゃんに耳打ちすると、女は俺をじーっと見つめたまま、何かを考えているようだった。
その目は俺を見ている癖に、その裏側に触れようとしているような、探るような目をしていた。体がぞわぞわする。正直、気味が悪い。





「追っかけだなんて、人聞きの悪い」

女は憤慨した、と頬を膨らませた。意味が分からずブンちゃん、ジャッカルと無視を決め込もうという結論に至った。何故みな、この女を放置しているのかが分からない。

すると女は軽く鼻で笑って、呟いた。





「前の世では雅治が私を追っかけ回してた癖に」

ブンちゃんが「はぁ?」と声を上げる。ジャッカルはいつものように心配顔だった。女は丁寧に話し始めた。俺のことを、『前世』から知っていると。当然、ブンちゃんは「お前頭おかしいんじゃねーの」と吐き捨てた。有り得ない話なのだから仕方ない。けれど、俺はその言葉を聞いてから女の目を逸らせなかった。頭が妙に冷めていく。ぶつり、何やら燻ぶる脳内でセピア色が映し出された。





「お前さん、人を変人呼ばわりするのはやめんしゃい」

「だって、私、あなたなんて知らないよ」

振り袖の女が俺を振り返る。淡い桃色の着物に藍色の袴。結い上げた艶やかな髪に簪がよく映えていた。
女は、女学生が着るような着物、俺は、学ランに黒い学生帽を被っていた。言うなればあの初恋の味、小梅ちゃんに出て来る新さんのような。


「じゃろうの、この時代で会うのは初めてじゃし」

「この時代?」

「そうじゃ、今は明治、文明開化の時代。お前さんとは今よりずーっと昔から追いかけっこしとる」

俺は目の前の女と、ずーっと昔から追いかけっこしとった。そうじゃ、ずーっと昔、俺たちは同じ場所に生まれ、そして同じ時に生を終えた。
しかし、神様は何を思ったか、生まれる前の記憶を持たせよった。最初は俺に、次の世では名前に。そうして生まれ変わる度にお互いを探して、何度も何度も再会する。


しかし世の中は上手く行かんもんで、名前がもう結婚しとったり、俺が戦争に行って死んでしもうたり、何やかんやで一緒になれなかった。
こうして俺たちは巡り巡って、それを繰り返していたらしい。






「追いかけっこ、ようやく終わるみたいじゃのう」

ガタン、と音を立てて立ち上がると名前は一瞬目を丸くして、それからまたあの時みたいに笑った。前の世、明治で出会ったその前の、前の前の名前と変わらない笑顔で。
ブンちゃんとジャッカルが焦ったように声を上げた。何言ってんだ、って。確かにそうかもしれん。


差し出された手を見つめ、名前を見つめ、俺は手を伸ばす。

「時代は変わってゆくが、お前さんも俺も、代わり映えせんナリ」

「ふふ、確かに」

次に生まれ変わったら、もうお互いのことを知らないで生まれてくるんじゃないだろうか。すべてまっさらになって、きっと隣を通り過ぎたって他人で居るんだ。前世、その前の前から、手を繋いで隣に立っていたなんて知らずに。そんな気がした。何故それが今だったのかは分からない。
だって、気まぐれな神様が再び俺たちを巡り合わせたのは、延々と続く廻転の終わりを迎えるためじゃないかって思ったから。


説明しろよ!と五月蝿いブンちゃんの方を向く。けれど話したところで信じてくれないだろう。俺たち以外に誰が証明できるというのだろうか。


「ブンちゃん、笑わんで聞いてくれるって約束したら話してもええよ」

俺たちの前世の話、聞いてくれるんか?

なんて言えばブンちゃんは少し考えた後、いつものように風船ガムを膨らませた。

「そーだな、今なら何だって信じてやるよぃ」

神様が俺たちを巡り合わせた理由ってこれだったのか。最後くらい、会わせてやろうって言う同情?ああでも、残念なことに地球は今日、滅びるらしい。


地球最後の日に貴方にもう一度
20111028 杏里

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