(WORKING!!の佐藤さんとコミュニケーション)





「さ、佐藤さん…チキンドリアとカルボナーラ二つ入ります」

「おー、分かった」


北海道のとある場所に店を構えるファミレス「ワグナリア」。今日も変人だらけの従業員たちが唯我独尊で特に何をする訳でもない店長の元、あくせく働いている。
そんなワグナリアのキッチンには明るい金髪で右目が隠くれている男がいる。厨房は禁煙だというのに平気で煙草をくわえ、店長、ではなくチーフに咎められるが「うるせえ」の一言で跳ねのけてしまう。目つきが悪く、一見怖そうな印象を受けがちだが、実はワグナリア一の常識人で心優しい人である。




「お疲れ様で、す」

今日のシフトを終えて休憩室に戻った名前は一瞬体が強ばってしまった。同じ時間帯に上がったのだろう佐藤さんが煙草をくわえて此方を振り向いたからだ。


名前は此処で働き始めて三年経つが、未だに佐藤に慣れることがない。相馬や轟に店長、種島、伊波にはまったく人見知りしないし、新人の小鳥遊でさえ普通に接することが出来るというのに付き合いの長い佐藤にはどうしても上手く接することが出来ない。目が合わせられない上に会話も長く続かないのだ。
決して伊波のように男性恐怖症というわけではないのだが、このワグナリアの店員たち、特に相馬はそれを面白おかしく「佐藤恐怖症」と呼ぶ。その度に本人からフライパンで殴られているのだが。




休憩が被ることは多々あったが、今日の佐藤はいつもに増して不機嫌だった。どうやらというか予想通りと言うか、休憩前に八千代さんと何かあったようだ。

いつもの事ながら店長との惚気を聞かされた彼は精神的にボロボロ。片思いの相手に好きな人の話を延々とされるのだ。そして店長である杏子さんが八千代さんに「パフェ持って来い」的な呼び掛けをして話は幕を閉じたのだろう。
毎度毎度の事ながら普通の人なら耐えられないと思う。佐藤さんは優しいので、私たちにその苛立ちを爆発させることはない。ぽぷらちゃんや相馬さんへストレスを吐くことによって大体は解消されているらしいけれど、割り切れなかった分は頭痛や疲労として現れているんだとか。




私が佐藤さんを苦手とする理由の一番が彼の苛々した不機嫌そうな顔だった。父親が自分の感情に対して素直な人間であった為、そういうものに敏感に育ってしまったのである。勿論父親にも佐藤さんにも非はない。二人とも優しい人だという事実は知っている。しかし、私にはどうしようもなかった。


「苗字か、何だ今上がりか?」

「…は、はい」

俯きがちに話す私を座ったまま見つめる佐藤さんと目が合わせることが出来ず、逸らした目線は宙を浮く。最初は何かとこの癖を治そうと格闘したのだが三年も経ったというのに治る見込みがないため名前は諦めにも近い何かを感じていた。
しかし佐藤は特に気にした風ではなく、名前へ話しかけている。そりゃあ、八千代さんに四年近く片想いしている佐藤さんにとって私とのコミュニケーションなんて根気も何もないのだろう。


「なあ苗字」

「…な、何でしょうか」

「ちょっとこっち座れ」

「え、え?」

くわえ煙草を一度右手に持つと空いた手で、ちょいちょいと名前を手招きした。話しかけられることはあっても、ミーティングの時に隣り合うことはあっても彼に呼ばれて座るのは三年も経つというのに初めてだった。

「お前に聞きたいことがある、だから座れ」

「え、いやあの、せめて向かい側…」

「座れ」

「…はい」

渋々と隣に腰掛けたもののパイプ椅子なのでジリジリと佐藤から遠ざかると背凭れを掴まれてガガガッと元の位置に戻された。
せめてもと逸らした顔は頭をガッチリ掴まれて固定された為、回避不可能になった。結局、目線だけが左右に動く。



「単刀直入に聞く、お前も俺が店長が好きだとか種島が好きだとか轟が好きだと思ってんのか」

そして本当に単刀直入に彼はそう言い放った。この問いに私は首を傾げることになった。前にも似たようなことがあったのだ。八千代さんが佐藤さんの好きな人を店長だと勘違いしたり、ぽぷらちゃんが好きなのだと勘違いされたりした時も彼はすこぶる機嫌が悪かったのだ。

その時と状況が酷似している気がする。


「ええ、まあ、知って……待って下さい、佐藤さん、轟さんまで入っちゃってます、よ?」

「思ってんのか」

「え、いやその」

「思ってんのか」

「は、はい…」

私が肯定すると佐藤さんはいつも八千代さんから惚気を聞かされ終わった時に見せるあの凄んだ顔を見せた。こ、怖い。

自分なにかいけないこと言っただろうかと慌てる名前を前に佐藤は頭を抱えた。


「それ、誤解」

「え?」

「だから、誤解」

「…は、はあ」

ぽつりと呟いた佐藤さんは前髪をくしゃくしゃにしながらまた煙草を吸う。
それを何故私に説明するのだろう。名前はよく分からないといった表情で佐藤を見つめた。あれ、こんなに近くで佐藤さんを見たのは初めて、かも。

「あ、あの」

「ん?」

「それを何故、私に?」

伝えようと思ったんですか。そう言えば佐藤さんは瞬きもせずに私を見つめた。そして顔を覆って俯いてしまった。一気に脱力する佐藤さんが真っ白に見えた。


「え、えええ佐藤さん!?」

「そうだったお前はそう言う奴だったな」

「な、何がですか…?」

「人の目は見て話さねえし三年経っても何も変わってねーし何だ俺何してんだ俺、意味分かんねえ」

いつもの苛々したトーンで話していると思いきや、佐藤さんは眉根を寄せて呟いた。

「いい加減、気付け」

そして至近距離で目があった。体中の血液が沸騰する。なんだ、これ。佐藤さんが近い。なんて考えれば、唇に柔らかい感触と煙草の香り。彼が吐き出す煙と同じように、頭の中が真っ白になった。


「これでも分かんねーとか言うんだったら流石の俺も泣くぞ」



彼と上手く接することが出来なかったのは、私なりの防衛戦だったのかも
20110807 杏里

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