(スクアーロとの友情)


私がどれだけ彼を愛していたかなんて、それこそ計り知れなかったに違いない。だからこそ私はこんなにも見るからに衰弱し、弱り切ってしまったのだ。
自室のベッドに臥せてからというものの、すっかり白くなってしまった肌。不健康そうな色合いをしており、事実そうなのだが歩き回らなくなった分、手足もすっかり細くなってしまった。

窓の外の群青の空が、泣きたいくらいに憎らしい。いつもと代わり映えのしない空が双眸に写り込む。簡単に消え失せてしまった。どうして彼だったのか、どうして彼でなければならなかったのか。










彼との出会いはミラノの街中だった。偶々立ち寄ったエスプレッソの美味しいカフェで声を掛けられたのだ。

「よかったら一緒にどうですか、お嬢さん」

気まぐれな私は何も考えずに承諾して、特にすることもなかったからと彼の誘いに乗った。

思えば彼は私の持っていない物ばかりを持っていた。底の見えない優しさとか、自分の夢を語る姿。きらきらしていた。私はそうなれないことをよく知っていたからかもしれない。
何度か食事を重ね、私たちは恋人同士となった。もしこのとき彼の告白を断っていたのなら、彼は今も私の隣で笑顔を浮かべ決して死ぬことは無かったのかもしれない。



彼は普通の人だった。

付き合って三年目、ヴァリアーのエンブレムを見られてしまった。血に塗れた私に駆け寄った彼は真っ先に怪我の心配した。すべて返り血だったというのに。
僕に話してくれないかと言ってくれた。暗殺者の私を彼は決して非難したり、罵声を上げることはなかった。殺しに関わったことのない人間にとって私たちは反社会的な存在だ。私たちが暗躍することで保たれている均衡も知らず軽蔑の眼差しを送ってくる人間は今まで腐るほどいた。けれど、こんなに真っ直ぐ受け止めてくれる人を私は知らなかった。


優しい人だったのだ、とても。



「名前、入るぞぉ」

ノックのあと、そんな声がした。いつもよりは幾分抑えられた声の主が私の元へやって来た。憔悴しきってしまった私を見つめ、いつも釣り上がっている眉が彼らしくもなく悲しげに下がっている。

「食事持ってきたからなぁ、何か食わねえと治るもんも治んねえ」

「…」

「お前の好きなビスコッティ、ルッスーリアに頼んで焼いてもらったぜぇ。ベルも全部お前にくれてやるだとよぉ、あのベルがだぞ?」

「…」

「お前の分の仕事は全部俺に回すから心配すんなぁ、しっかり休め」

「…」






スクアーロは唯一彼を知る此方側の人間だった。偶に三人で食事もしたし、すっかり意気投合した二人はよく飲みに行っていたらしい。ベルは一般人なんかと上手く行くはずがないと笑ったけれど、スクアーロは別だった。私の古くからの友人であったスクアーロは彼の良さを知っていたし、あいつならお前を任せられると笑ってくれた。





「ねえ、スクアーロ」

久しぶりに出した声は掠れて、とても弱々しかった。スクアーロは顔を上げて私を見つめている。目が合うと、ゆらり、小刻みに瞳が揺れた。

「あの人は、どうやって殺されたの?」

「…銃で撃たれた、失血死だぁ」

「そっか」

知らないフリをしていたけれど、私、彼の遺体を見たわ。心臓を狙われたあの人の胸にはぽっかりと穴が開いていた。一発じゃない。同じ場所を蜂の巣に撃ち抜いていた。

「スクアーロ、指を見せて」

「な、」

「見せて、義手じゃない方をね」


スクアーロはピクリと肩を揺らした。そして、そっと此方に指を差し出した。中指の腹の部分に赤い圧迫痕がある。剣を握る彼に、何故銃を持つ人間に出来るそれがあるのか。

「最近、銃を使った?」

「…あぁ、」

「どこで?こんなに痕が出来るってことは相当撃ち込んだのね。機関銃ならこうはならないもの、拳銃で一体何をしたの?」



スクアーロは再び真っ直ぐ私を見つめた。


「お前が考えてる通りだぁ」

「彼を殺した?」

「あぁ、殺した」

スクアーロに悪びれた様子は無かった。当然だと言うように私を見つめる目を私は知っていた。

「お前達には幸せになって欲しかった」

「…なら、何で」

「あいつが言ったんだぁ。名前と結婚したい、あいつを幸せにするのは俺しかいないと」

それまでは黙って聞いてた俺の中で何かが切れたのを覚えている、頭は妙に冷静でただただ俺はこいつを殺さなければならないと思ったとスクアーロは呟いた。


「ふざけんじゃねぇ、俺はお前をガキの頃から知ってる。ずっと一緒だったんだぁ」

スクアーロはゆっくりと私を抱きしめた。そして髪をサラサラと撫でていく。泣きそうな顔で縋るスクアーロを見つめると、さっきまでの強気は何だったのか「許してくれ」と繰り返す。分かってる、スクアーロが謝罪しているのは彼にではない。私に見捨てられることを恐れているのだ。


スクアーロが私に抱いている感情は、恋だの愛だのではない。庇護欲にも似た独占欲だ。その証拠に、スクアーロには彼女が居る。私も二人を応援しているし、二人に幸せになって欲しい。けれど、きっとスクアーロは私か彼女が殺されるとなれば迷わず私を選んでしまうだろう。
彼にとって私は彼女という枠と比べられないほどに大きいらしい。確かに、彼女という位置は幾らでも変えられるが友人というものは常に平行だ。交わらない代わりに、安定を、永遠の繋がりを得られるのだ。

スクアーロはそれを恋人ではなく私に求めてしまっている。けれど、知るべきなのかもしれない。常に平行であり続けるというのは限界がある。ぶつりと切れてしまうことがないとは言えないのだ。



「スクアーロなんて、きらい」

この一言でスクアーロは絶望の淵に追いやられるのだから、人間というものはなんと煩悩多き生き物なのか。



後味悪い
20110802 杏里

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