暑い。イタリアの夏は比較的過ごしやすいのだが如何せん日本の夏には慣れない。アスファルトが吸収しきれなかった熱をゆらゆらと地面に浮かばせていて、この街は今にも沸騰しそうだ。
いつもは伸ばしっぱなしの髪を結って被ってきたキャップの中に忍ばせた。首筋が涼しいので先程より幾分、気分がいい。けれど俺たちにとってこの強い日差しは赤く腫れるだけの日焼けになる。厄介なもんだ。
滞在している並盛駅周辺のホテルから歩いて街中を闊歩していると一軒の住宅が見えてくる。俺は日陰を求めるようにそこへ早足で向かった。門を開け、玄関へ向かうとインターホンを押す。数秒後、電子機から『はい、どちら様ですか』と高めの男の声。俺は少し笑ってから声を小さめに呟いた。
「スペルビ・スクアーロだぁ」
『あ!ちょっと待って下さい』
ドタドタドタと駆ける音がして玄関が勢いよく開く。中からタンクトップに短パンの少年が顔を覗かせた。
「久しぶりだなぁ啓太、背伸びたじゃねえかぁ!」
「お久しぶりっす!相変わらず格好いいですねスクアーロさん!あ、姉貴ならまだ寝てるんで、どうぞ中入って下さい」
「お゙ぅ、Grazie.」
慣れたように玄関に入って随分昔名前に教えてもらったように靴を脱ぎ、彼女の弟である啓太の後をついて行く。天井が少し窮屈に感じるのは日本人の身長が俺たち西洋人より低いからだろうか。
リビングに入ると生活感あるそこに思わず目を細めた。壁に飾られた写真にはこの家の歴史ともいえる愛着を感じる。
小さな女の子と男の子が仲良く眠っている写真から庭に広げたビニールプールではしゃぐ写真。そして少し離れた場所に成長した少女が沢田綱吉、獄寺隼人、山本武、そして笹川了平の妹と笑顔で写っていた。手には卒業証書があり、少し涙目だ。
この写真は俺の手元にもある。イタリアへ手紙に同封されて届いたからだ。
俺を案内してすぐキッチンに走った啓太は片手に麦茶を握り帰ってきた。椅子に座るよう勧めてきたので、有り難く頂戴すると「姉貴起こしてきますね、ゆっくりしてて下さい」とアイツに似た笑顔を残して階段を昇っていった。
「姉貴ー!起きろって!」
「…んー、なんで…今日休みだよ…」
「いいからほら!起きろって!」
「あのね…昨日寝たの3時なの…眠い、の、お姉ちゃんの睡眠が来い…」
「何訳分かんないこと言ってんだよ、ほら起きろって。これ三回目だからな」
昨日3時に寝たという弱々しい声が聞こえてきた。あぁ、それは昨日イタリアに居た俺と電話してたからだな、なんて考えていると啓太の後をのろのろと降りてきているのだろう、足音が二つ。
「あれー、啓太部活は?」
「今日は午後練」
「えっそうだったの!ごめんね朝ご飯つくってな…」
二階から降りてきた名前は自分たち以外の存在に気づき、口をあんぐりさせた。寝癖がついた髪も、よれたTシャツも(鮫が好きとロゴの入った)短パンから覗く細っこい脚もみんな愛おしく感じてしまうから驚きだ。
「なっ、ななななななな!」
「よぉ゙、久しぶりだなぁ名前」
「何でスクアーロえええええええええ」
「姉貴驚きすぎ」
「驚くわ!昨日までイタリア居たんだぞコイツ!」
「あの時空港だったからなぁ」
「そうだったの!?つか、な、何で!来たの!」
「来ちゃ悪かったかぁ?」
「いや、そんなことは…ないけども…」
口籠もる名前は慌てて啓太の後ろに隠れ、髪を撫でつけながら自分のTシャツに目をやり、顔を真っ赤にさせた。
「こっ、これは啓太が修学旅行のおみやげで買ってきたんだよ!だから決して私チョイスではな…」
「姉貴が修学旅行で北海道行って買ってきたんですよ。『みてみてこれ良くない?良くない?買っちゃおうかなパジャマにしちゃおうかなムフフフフ』ってメールしてきたもんなー」
「啓太あああああああああ」
真っ赤に鳴って怒鳴った名前に「嘘はいけないぜ姉貴ー!」と二回へ駆け上がっていった啓太。名前は脱力してその場に座り込んだ。
「くそぉ、笑いたきゃ笑えよおおお」
「はははははは」
「笑うのねそこは笑っちゃだめだよね」
「言ったのは名前だぞぉ」
「いやそこはこうなんか愛の力で介の字貼り」
「何だぁそりゃ」
「庶民の味方、一般人向けCM」
頭を抱えながらしゃがみ込んだままの名前の傍に向かい目線を合わせると分かりやすいことに真ん丸い目を泳がせた。
両頬を少々強引に挟んで無理矢理此方を向けさせると面白いくらい真っ赤になった顔が俺を見つめている。
「わざわざイタリアから来てやったんだぜぇ、何か言うことがあんじゃねえのかぁ?」
「う、うぅ…ようこそお出でましたスクアーロさま…」
「違えよ」
え?違うの?と困惑する名前に溜息を吐く。お前、そこは可愛らしいこと言えねえのか。昨日の電話じゃ散々言ってた癖によぉ。
「あいたい、あいたいよスクアーロ」
「俺は名前に会いたかったぜぇ、だからボスさんに殴られるの覚悟で来たんだぞぉ」
そう言えば彼女は少し申し訳なさそうに俯きながら、首元に擦り寄ってきた。
「うん、すき、すき」
馬鹿みたいに愛しいこいつの為ならイタリアと日本なんて距離、大したことないと思える。愛を囁いてくれた彼女の唇を啄んで小さく笑って見せた。
「あのー、そろそろ午後練行きたいんですけど…」
「け、けけけけけけ啓太!!」
「ゔお゙ぉい!!脅かすなぁ!!」
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遠距離恋愛
20110720 杏里