「リドル?」

東の空が燃え上がるように赤い。窓の外に見える空は彼の瞳のように赤かった。思わず口走ってしまった彼の名に、口を噤む。


世界が変わりつつあることには気付いていた。それがリドルの望むものでないことも、気付いていた。
彼の手に落ちた世界は恐々としていたのに私の周りは酷く静かだった。死喰い人が現れることも、吸魂鬼が現れることも無かった。まるで私の周囲だけが世界から切り離されたように。
窓の外に現れる黒い人影たちは我が家を素通りしていたし、何も気付かない。勿論、私がその保護魔法を張れるはずもない。寝たきりの老いぼれた魔女が掛けるには余りにも強力な物だったからだ。


では誰がこのような?

疑問は糸を解くように明らかになっていく。彼の目を欺けるのは彼自身しかいないと言うことだ。


ベッドから見上げる茜空はベールのように空を包んでいる。息を吐いて目を伏せると、その時はやってきた。


「意地っ張りな人ね、今まで何処にいたの?」

語りかければ、うっすらとした影がベッドサイドに現れた。体こそ透けているもののハンサムな顔立ち、通った鼻筋。とうの昔に彼が捨てた姿だった。
緑の襟元のローブを着ている彼は少しはにかんで、私の傍へやって来た。

「君こそ、こんなになるまで誰を待っていたって言うんだい?」

皺だらけな私の手に触れた彼は優しく包み込んでくれた。途端に熱くなる目頭に私の声は震える。

「何処かの馬鹿な魔法使いを待ってたのよ、もう何十年も」

「此処で?」

「ええ、訪れる癖に顔を見せに来ないものだからこんなに皺だらけのお婆さんになってしまったけれど…」

俯きながら空いた手でリドルの手に包まれている自分の皺だらけの手を撫でた。もうすっかり歳を取ってしまった私は此処でこうして、待ち続けるしかなかったのだ。
悪の道に走り、世界を恐怖のどん底に突き落とした彼がいつか帰る場所があるようにと。


「何を言ってるんだい、君はいつも綺麗だよ」


リドルの言葉に顔を上げれば赤く染まった彼の瞳に学生時代の私が映り込んでいた。驚いて手先を見れば皺だらけだった両手や皮膚は張りを取り戻し、若々しくあった。
そして奇妙なことに私の体は彼と同じように透けていて、体が軽くなっていた。

「わたし死んだのね」

「僕を、責めるかい?」

「まさか。寧ろ感謝してるわ、貴方に手を取られて死ねたんだもの」


それに寿命だったのと呟けば、リドルは苦笑して私を引き寄せた。彼の綺麗な瞳が私を見下ろしている。長い睫毛が瞬きの間に揺れた。美しいのは彼だ。世界に愛されていながらそれを拒んだリドルは、今こうして此処にいる。

「家の周りに保護魔法たちを掛けたのはリドルでしょう?」

問えばリドルは小さく笑って頷いた。

「ああそうさ。君は隠しておくつもりだったからね」


「すべてが終わるまで?」

肯定として目を伏せたリドルは私の髪を撫でる。私たちって死んでるのに、貴方の手はいつも温かいのね。


「僕は名前と同じ場所には行けない」

撫でていた手が不意に止まる。彼を見上げるとその瞳は恐怖が渦巻いていた。死への恐怖を人一倍感じていた彼は私にそう告げた。
同じ場所、きっと私たちが何時か行き着く『先』のことを言っているのだろう。

「僕がやったことは許される事じゃない」


「…そうね」

「だから、最後に君に会いに来たんだ」


私が向かう『先』へ彼は進めない。犯した罪の重さが彼をこの世に縫い止める。それは永遠に続く変化の訪れない世界。リドルはまた独りぼっちになってしまう。


朗らかに笑ったリドルは私を抱き締めた。そして触れるだけのキスをする。ゆっくりと離れた唇が熱を帯びてしまった。

「ねえリドル、あなたは何処へ向かうの?」

問い掛けにリドルは東の空を見上げた。すっかり暗くなりつつあるそこへ彼は目を向けたまま。

「僕は学び舎に帰る、今も昔も僕の居場所はホグワーツと君の隣だけだからね」

そう言って私踵を返そうとした彼の袖を掴んだ事を、私は後悔したことなどない。

「もしそれが本当なら、私を置いていくなんて間違ってるわ」

エスコートして頂戴、なんて囁けば彼の笑みは最後の夕日に染まった。












「前から思ってたの。名前はグリフィンドール寮のゴーストでしょ?で、リドルはスリザリン寮のゴースト」

「ええ、そうね」

「今はそうでもないけど、グリフィンドールとスリザリンって昔は仲が悪かったんだよね?二人が付き合ってたなんて驚きだわ!」

すこしカールした黒髪に緑色の瞳、華奢な体の少女が二人のゴーストに話しかけている。一人は少女と同じ赤いネクタイを、もう一人は緑色のネクタイを締めていた。


「僕たちに寮なんて関係なかったから」

「まあ素敵!リドル達はいつから付き合ってるの?」

「とても昔からよ、そうね、魔法史で習ったでしょう?暗黒時代、例のあの人の全盛期」

「それって確か、リドル?」

「そうか、ハリー・ポッターは君の曾祖父だったね」

名前とリドルは少女に笑いかける。まだ幼い彼女は目を輝かせていた。
名前の肩を抱き寄せたリドルは語り出す。昔々の物語を。


我が君の冥福を祈って
20110717 杏里

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