人間って言う生き物は鈍感な生き物だ。一般的に本能で動いてる動物たちとは違い、理性という感情が存在している。それは人間と動物の違いであり、進化論の結果だと言っていいだろう。
一般人は朝に起きて昼間働き、夜に睡眠をとる。他人とコミュニケーションを取り、グループを作り、人格を形成していく。こうして人間は理性を学び、動物とは違うことを体現していくのだ。
だとしたら私たちはどうなのだろう。睡眠時間は寝れるときに寝れるだけ、他人とのコミュニケーション?いらないわよそんなの。組織に所属するかフリーかなんて自分で選ぶこと。自己中心的で構わない、だって誰も咎めないもの。
人間は理性を学び、動物とは違うことを体現していく。けれど私たちは剥き出しの本能に甘えて自分のしたいことに手当たり次第に手を着けている。
「でも私たちは低脳でもないし寧ろ賢い部類に入るんじゃないかしら?ヴァリアーの入隊試験はある意味難関だし身体能力、類い希なる戦闘スキルも必要と来たら……とんだエリート集団よね、私たち。社会的にも暗殺部隊としても」
ブーツのヒールが丁度足元にあった死体の目の窪みにぶっ刺さっちゃって、ぶちゅっと嫌な音がした。あら、ごめんなさい死体さん。そこに居たのね、気付かなかった。
目の前で標的を活け作りにしていく銀髪に淡々と話しかけると、手前にいた男を斜め下から斬り上げた彼は顔を此方に向けた。
「ゔお゙ぉい!!そう言う話は帰りの車でしろぉ!」
「やーよ、今話したいもん」
「なら待ってろぉ!今終わらせてやるからなぁ!」
「はーい」
ザクザクと人間を分断していくスクアーロを見物しようと、殺した標的達を積み上げて作った椅子に腰掛けていたら、ものの3分で帰ってきた。相変わらず仕事が早い。
「おかえりー」
「…お前、死体を椅子にすんなぁ」
「いいじゃない、どうせ焼くんだから」
小高い山になった死体達から飛び降りると腰にあるポーチから小瓶を取り出す。此方は言わずもがな火炎瓶に使われる薬品である。
先ほどまで腰掛けていた場所めがけて小瓶を投げる。間髪入れず腰のホルスターに引っ掛けていた相棒の拳銃を早撃ち。
空中に真っ赤な炎が上がった。それは死体達を呑み込み、燃え盛る。
「はい、お掃除終わりー」
「相変わらずおぞましいやつだぜぇ…」
隣で燃え盛る死体を見つめるスクアーロは熱風に顔を顰めた。さあて、そろそろ移動しないと私たちもこの死体と同じようにお陀仏になっちゃう。
「で、何だったんだぁ?さっきの…あー、進化論がなんてら」
「うん、進化論の結果ね」
「そうだ、それ」
少し離れた雑木林に停めていた黒塗りの車に乗り込んだ私たちは上に着ていたコートを脱ぐ。
近距離戦のデメリット、血でべったべたのスクアーロに比べて中距離戦の私は彼が刺身にした死体達の飛沫を浴びた程度。でも何だか気持ちが悪いので後部座席に投げておいた。
「要するに何が言いたいんだお前は」
「んー、ある意味本能剥き出しの私たちだけども、一応理性はあるじゃない?例えばスクアーロならボスは殺さない、とかさ」
「ゔお゙ぉい、今サラリと凄いこと言ったぞぉ」
「あ、今のボスには内緒ね」
「言えるわけねぇ、俺が殺られる」
キーを差し込んでエンジンをかけながら眉根を寄せたスクアーロは助手席に座る私に苦笑して見せた。
がくん、段差を越えた車はスクアーロのハンドル捌きに応えるかのように右に旋回、そして車道へと乗り出した。
「これはあくまで私の自論だけど、理性って人間を鈍らせてると思うのよね。どれだけ本能的になれるかが私たちの生死を分けてるし、今まで生き残ったのは運もあるけどこればっかりは動物的な勘って言うか本能のままに動いた結果でしょう?」
「まあなぁ…戦場じゃあ理性的な奴が負ける。殺られる前に殺らねぇとこっちが殺られちまう。如何に本能に従えるかがミソっつーこった」
「そうそう」
早朝なせいか、対向車はまるで居ない。こちらとしては好都合。運転手血塗れとか通報されちゃうしね。
「でもやっぱり理性って必要よね。自制が利かないとダメ。引き際の分かんない奴はすぐに死んじゃう」
「さっきから言ってること滅茶苦茶だぞぉ」
「だって人間って複雑なんだもの」
窓の外は朝霧が立ち込めている。防弾加工のある窓ガラスに映った自分を見つめ、そしてハンドルを握るスクアーロを見つめた。
「暗殺者にとっては本能的であることはとっても重要。生き残るための闘争本能が私たちを生かしてるんだから」
けれど、それだけでは何ら変わらないのだ。その辺で盛りついた犬や猫と。
「理性があるからこそ、人は誰かを愛すことが出来る。誰かを失いたくないと思う。逆を言えばアイツは殺して構わないとか、結局私たちの仕事に結び付くの。だから、」
私は人間でよかったと思うの。
何億万人といる人類の中のたった一人に過ぎないというのに、私がこうやって自論を語ったところで地球温暖化が止まるわけでも、世界が変革するわけでもないけれど。
「そう思わずにはいられないのよねえ…」
私がもし人間でなかったら、もしスクアーロが人間でなかったら。あなたに愛を語ることも、熱の籠もった視線を互いに絡め合うことも出来なかった。
さっき言ったとおり人類は私の他にも何億万人っている。その中のたった一人の人間を選んでくれたあなたを愛せる私ってどんなに幸せ者なのかしら。喩え、お互いの職業が他人の命を奪うものであってもね。
「理性も愛も、ぜーんぶ人間にしかないの」
「なら俺のを全部名前にくれてやる、嫌になるくらい愛されてろぉ」
ほら、人間って素晴らしい。
「つー訳だ。お前のは問答無用で戴くぜぇ」
「あはは、勿論そのつもりだけど?」
神様、人間に進化のチャンスをくれてありがとう。あなたはとても残酷な試練を課すけど、私はあなたのこと嫌いじゃないわ。だって、彼に会わせてくれたのは貴方だものね。
けど、これ以上進化する必要性はないと思うの。行き過ぎた進化が引き起こす悲劇なんて分かり切ってる。
だから、どうかこのまま。
進化論万歳
20110704 杏里