こちらの過去の話。



クリスマスを迎えたイギリスでは銀世界が視界を埋め尽くしていた。至る所で煌びやかな飾り付けが目に入り、街中が聖夜を心待ちにしているのが分かる。名前はエバンス一家にお世話になりクリスマス休暇を過ごすことになっていてマグル出身のエバンス家に馴染むのはそうかからなかった。
リリーのお父さんとお母さんは聞くとおり寛容で素晴らしい人達だった。ただ、妹のペチュニアは私を見て笑いかけるものの笑顔が引きつっていて、時々不審そうな顔を向けてくる。何となくこの子は普通ではない私達を受け付けない部類のマグルなのだと察しがついてしまったけれどリリーの前でそれを口にするなんて出来る筈もなく。


ご両親にロンドンの漏れ鍋まで車で連れて来てもらい丁重にお礼を言ってリリーと一緒にダイアゴン横丁へ向かった。やはりマグルの世界とは違いツリーは電気で光らせる飾りではなく魔法で作った七色に光る星、雪は人工的なものではなくキラキラと輝く粉雪が降り注いでいた。ダイアゴン横丁の広場にある大きなモミの木達はすっかり雪化粧にまみれている。しかしその隣を見た瞬間私とリリーは溜息をついた。


「最悪だわ、よりによって聖夜にあなた達を見なきゃいけないなんて!」


リリーは悪態を付き目線の先の男達を睨みつけた。そんな事で怯むような相手ではないことは分かりきっているのだが、案の定笑顔で近付いてくる彼等から逃げることは不可能そうだった。


「やっぱり怒ったリリーも素敵に可愛いよ!大丈夫、僕は君からのプレゼントを受け取りに来ただけだから。ついでに僕も貰ってくれると嬉しいんだけど」

「結構よ、貴方には結膜炎の呪いがお似合いだわ!」

「エバンス、ジェームズが拗ねるだろ」

「知らないわ!勝手に拗ねるなりしなさいよ」

「そんな、リリー!」

「なあ名前、あいつ等二人きりになりたいみたいだから俺達はあっちでバタービールでも飲んで温まろうぜ」

「嫌よ」


手の付けようがない程ひねくれた黒髪に眼鏡のジェームズ・ポッターは、首に巻かれたグリフィンドールカラーのマフラーにローブを纏っていた。その隣で嫌味な程に輝かしい笑みを浮かべる整った顔、長身を包む彼らしい黒のローブ、深紅のマフラー。言わずもがなシリウス・ブラックである。
運の悪いことに唯一の常識人、リーマス・ルーピンはこの場に居ないらしい。彼が居なければ話が通じないから残念なのだが。


「そんなこと言うなよ、折角の聖夜だろ」

「あなたの場合は性夜になるんじゃないかしら?プレイボーイのブラックは忙しいんじゃない」

「…あのな、それ何時の話してるんだ。あんたに告白してから俺は綺麗さっぱりだよ」

「どうだか」


彼に大広間で告白されてから早数ヶ月。いきなり「好きだ」なんて叫ばれて思わず武装解除呪文を吹っ掛けてしまったのはまだ記憶に真新しい。ポッター並みに付きまとわれ私がブラック親衛隊に呪われそうになったりしたのも今となっては懐かしい。一体どんな手を使って私達がここに来ることを突き止めたのか、最大の謎だ。


「どうして私達がダイアゴン横丁に来るのがわかったの?」

「リーマスから聞き出した」


近くにある煌びやかな明かりを見つめながらシリウスは呟いた。ルーピン、せっかくハニーデュークスのお菓子をプレゼントしてまで口止めしたのにそれはない。「俺はハニーデュークスで一番高い高級チョコレートを送ったからな」さいですか、ルーピン恐るべし。もう信じないから。ルーピンへの恨みと目の前のプレイボーイに苛々してそっぽを向けば、彼はため息を付き「あのなぁ、」と言葉を切った。


「そんなに信じられないなら真実薬でも何でも使って聞き出せばいいだろ。なんならキリストに誓ってやろうか?…俺は本気だ」


何を言うんだと笑い飛ばそうとすれば優しく取られた右手に、思わず顔に熱が集まる。見つめてくる薄灰色の瞳に溶かされそうだと思ってしまった。男らしく少し固そうな黒髪が降りしきる雪に栄えていて彼自体の存在を強調している。火照る頬が外気に晒されてチクチクと痛み、ゆっくりと蝕まれるように浸食してくるそれは私の心の臓をギュッときつく締め付けた。やだ、これじゃまるで。


「リリー!」


引き戻されるようにジェームズの声が響いた。振り向けば綺麗な赤毛を振り乱して去って行くリリーの姿が。それを追い、ポッターも路地を曲がりすぐ消えてしまった。
未だに早鐘を打つ心臓を疎ましく思いながらも呆然とする私にブラックは意味有り気に笑い、そのまま手を引いて歩き出した。


「ちょっと!」

「どうせジェームズが上手くエバンスを丸め込むだろ、俺達も楽しまなくちゃ損だ」


その横顔は何かに浮かれたみたいに、子供がお楽しみに辿り着こうと躍起になっているみたいに嬉しそうでいつもの大人びた表情からしてみれば幼さが目立った。
優しく引かれて入ったのは、すっかりクリスマス一色のカフェ。ツリーの飾り用サンタがソリに乗り、勢いよく店内を駆け回っていて店員も客も少々鬱陶しそうだった。適当に席に着くとブラックは私の手を離し、ウエイターを呼ぶ。バチン、姿現しした男性の店員が笑顔で羽根ペンを構えた。


「御注文は如何なさいますか?」

「バタービールとマロンケーキで」


そうブラックが告げるとウエイトレスは宙に浮かんでいた羊皮紙に注文を書き込んだ。途端、激しく燃え上がり残ったのは小さな火種。笑顔でまた「しばらくお待ちください」と姿くらましをしていった。
すると何かに気づいたようにブラックは硝子から外を眺め見つめていた。
私はと言うと目の前の男の意図が掴めず四苦八苦。その前に一体何故私は無理にでも彼の腕を振り解かなかったのか。頭の中がもやもやする。


「名前」

「なによ」

「顔、まだ赤いな」

「!」


先程まで外を眺めていた彼は思い出したように呟いた。バッと顔を覆えばブラックはニタリと意地の悪い笑みを浮かべる。途端に集まる熱が私の頬に赤みを挿した。魔法で燃やされるより質が悪い、防ぎようがないのだから。

一体全体どうしてしまったんだろう、私は。疎ましくも感じていた彼の言葉一言一句に心臓を鷲掴みされる。悶々とすれば、ブラックは囁くように問うた。


「さっきの返事、聞かせてくれないか」


何時になく真剣な眼差しのブラックのせいで沈黙の後に出てきたケーキの味なんて、ろくに覚えていなかった。
カフェを出る頃、鬱陶しさからかウエイトレスが飾り用のサンタを一つくれた。ずっと「メリークリスマス!」と叫ぶサンタを懐に押し込んだブラックとその隣にいた私に「恋人達の夜に、メリークリスマス」だなんて気障な台詞を付け加えて。


カランと鈴の音が鳴り、店を後にするとブラックは自分の深紅色のマフラーを優しく巻いてくれた。彼は鼻を少し赤くさせて、照れたように笑う。私だってあらかじめマフラーを巻いてきていたというのに、きっと雪が沢山降っていたからだ。首の周りがもごもごする。その様子を見ていつものように白い歯を見せて笑う彼に心臓は締め上げられた。


ブラックが硝子から外を眺めていた真意を今、理解できた気がする。


「ブラック、」














ふわりと香ったのは、懐かしく感じてしまう彼の匂い。甘ったるくなくって、どっちかと言えば爽やかで、キツくない。何十年も離れていたせいで私の嗅覚は学生時代を彷彿させてしまう。無理もない、彼は監獄にいたのだから。寝返りを打てばすぐ傍に三十路とは思えない相変わらず細い体に逞しい胸板があった。
学生時代、17歳になったシリウスが家を出ていった頃から変わらない部屋はきっと彼の家族が少しでも形として繋ぎ止めていたかったからじゃないかと思う。でもシリウスは「俺の物に触れたくもなかったんだろ、お優しい女性だったからな」と皮肉を口にするのだろう。私はそう思わない、亡くなった人を悪く言うのは忍びないがシリウスの厳格な母親なら跡形もなく部屋を片付けていただろう。それをしなかったのは、誰しも自分の子供に情を持っているからだと思うのだ。


「シリウス、」


窓の外は雪で埋め尽くされていた。それこそ、あの日みたいに。だからこんな夢を見たのかと思わず笑ってしまった。モリーのケーキを食べ損なってしまったけれど、これはこれでよかったかもしれない。


「…どうしたんだ?」

「見て、雪が降ってる」


私は毛布を託し上げ胸を隠すと、部屋に唯一ある窓を指さした。


「昨日も降ってただろ」

「違うの、あの時の雪が降ってるの」

「はぁ?」


眠たそうに首を傾げて窓の外を眺めたシリウスは、「あぁ、」と顔を綻ばせた。寝癖の付いた髪を少し撫でながら彼も思い出してくれたようだった。毛布の中で手をきゅっと結んでその胸板に擦り付くと、シリウスは嬉しそうに私の髪へ顔を埋めた。




「来年も、その先も一緒にこの雪を見てくれる?」



あの頃のシリウスには言えて、夢の中のシリウスに言えなかった言葉が頭の中に浮かんで消えた。激化していく戦いの中、私たちはいつ命を落とすか分からない。だけどこれからもずっと、彼とこの雪を見続けられたら私はそれで満足だと思った。








20110122 杏里



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