「ねえ名前」
「なあにハリー?」
「シリウスおじさんって学生時代どんな人だったの?」
向こう側のリビングからガシャンとグラスの割れる音がした。目線をやればソファーに腰掛けているシリウスが慌てて杖をふるっている。破片はあっという間に彼の掌に形を成したが、中のウイスキーは戻らなかった。
クリスマス休暇中、グリモールド・プレイス十二番地にある彼の屋敷に帰省したハリー、ウィーズリー兄妹はテーブルについてモリーのクリスマスケーキを待ち構えていた筈だった。
「いきなりどうしたの」
「いや、ちょっと気になって」
ハリーは照れたように頬を掻いた。ロンやハーマイオニー、とりわけ双子は興味津々で目を輝かせている。
もう一度リビングに目を移せばバチリ、シリウスと目が合った。彼は何か言いたげに見つめてきたけれど、そのままハリーに向き直る。
「そうね、見ての通り彼はハンサムだったから。ホグワーツでも一番人気だったよ」
「やっぱりそうなんだ!」
どうやらマクゴナガルから学生時代のシリウスについて愚痴を零されたらしく真意を確かめる為、同級生でもあり当時から恋人であった私に聞いたらしい。
ロンは耳を赤くさせて「やるなぁシリウス」と目を丸くさせていた。けれどハーマイオニーに至っては「ホグワーツで一番って、全校生徒何人居ると思ってるの?凄いじゃ済まないわ」と眉を潜めているようだった。
「凄まじかったわ、シリウスが動けば女の子はみんなついて行くんだもの。まさにふくろうの大移動って所かしら」
「そ、そんなに?」
双子が「やるねー」と声を揃えニヤつく。ロンはいつものように「おったまげー!」とオーバーリアクションだ。
すると、リビングから咳払いが聞こえてきた。これ以上言うなというのだろうか、シリウスが軽く睨んでいる。しかし私の苦労話も聞いて欲しいものだ。あれだけの人気を誇っていた彼が私に定着した後の壮絶なる戦いとか、苦悩とか。
少し意地悪く笑って、私は口を開く。
「おまけに手当たり次第に―…」
「ハリー!」
ついに堪えきれなかったのか、彼はすっ飛んできた。一瞬姿現しをしたのかと思うほどのスピードだ。
「私の事より名前の学生時代が気になるだろう?」
「ちょっと、話を逸らすつもり?」
「うん!気になる!」
「えぇっ」
どうやらマクゴナガルから私についても聞いていたらしく、本人が居る手前聞き辛かったらしい。周りを見渡せば先程と同様、皆嬉々として目を輝かせていた。モリーとアーサーまでもだ。思わず頭を押さえながら深い溜息をつけば私を一瞥し、シリウスが声を弾ませ語り出した。
「名前はこちらではあまり見ない東洋人だったから、ちょっと目立ってたんだ」
「えぇ、その話するの」
私は顰めっ面をしたがシリウスは気にも留めていないようで話を続ける。心無しかハーマイオニーが待ってましたと身を乗り出した気がした。女の子はそういう話が大好きなのだ。ジニーとハーマイオニーの間にモリーがやって来て、彼女も微笑ましそうに話を聞いている。
「初めて名前を見たとき、白人に負けないくらい白くてそれ以上にきめ細やかな肌に思わず見惚れてしまったよ」
「確かに名前の肌は綺麗だよね」
ハリーが私の肌を見ながら呟いた。するとみんなからの視線が一気に刺さり、納得したような声が漏れる。居た堪れなくなった。けれどシリウスは満足そうに笑みを浮かべて頷くだけで。軽く顔を顰めるとシリウスは学生時代と変わらない、ケラケラとした笑いを浮かべ「そう怒るなよ」とニヤついた。
「シリウスに比べたら私は平々凡々な生徒だったよ」
「平々凡々な奴が俺を吹っ飛ばすか?」
「それはシリウスが悪いんじゃない、急に、」
口篭もればハリーが「え、何?」と首を傾げる。双子が「早く話しちまいなよ」と囃す。そしてシリウスがニヤニヤしながら私を追いつめた。
「告白したんだ、それも一世一代の大本命だ…しかし、吹っ飛ばされた」
「うわー、それはキツいね」
「俺なら首吊ってるな」
「だろう?あの頃の私は荒れに荒れたよ」
双子が鳩尾を押さえながら苦痛の表情を浮かべて見せた。アーサーは「モリー、あの時の騒ぎはこれだったんだね」と楽しげだった。二人は私たちの先輩だったから、当時を知っているのだ。
シリウスのニヤニヤは止まらない。何だ根に持ってたのか。沸々と対抗心が込み上げてきて、口を開こうとしたとき呼び鈴が鳴った。
「やあ、お邪魔するよ」
「リーマス!」
天は私に味方したようだ。何故なら彼はシリウスの痛い場所を熟知している。事情を事細やかに説明しながら近くの椅子に座らせるとリーマスは「随分と懐かしい話をしてたんだね」と微笑んだ。
「ひどいでしょう?自分のことは棚に上げて、いけいけしゃあしゃあと」
「確かにシリウスの学生時代は勉強や才能面ではジェームズと同じで負け知らずだったけれど、他に関しては褒められるものじゃあなかったからね」
「リーマス、お前」
裏切ったのか、とでも言いたげだ。今度はシリウスが顔を顰める番だった。
「でしょう?私に告白するまではとっかえひっかえだったくせに」
「すげー、そんなに言い寄られてたのか」
「ロン、そこは尊敬する所じゃないわ」
ハーマイオニーがロンの手を叩きモリーも「全くです」と言い切った。どうやらシリウスは女子から反感を買ってしまったようだ。弁解するかのように慌てて口を開く様子にニヤリと笑ってやった。
「確かにそうだったが、君に恋してからは誰にも言い寄ったりしていないだろう!」
「ええそうね、逆に言えば当たり前の事よシリウス」
恋だなんてこの年でサラリと言えるシリウスは凄いと思った。違和感を感じないのはきっと彼の気品の高さのせいかもしれない。
そんなことを頭の隅で考えながら形勢逆転を果たした事に満足してふふんと鼻で笑ってやった。するとリーマスが思い出したかのように呟く。
「そう言えば6年生の時、マクリート・フレンツから告白されたんだったよね名前」
「ちょっと、リーマス!」
にっこりと笑うリーマスは確信犯だ、絶対。私はリーマスの肩を掴み、揺すった。
何故ならシリウスはこの話を知らないのだ。マクリートはスリザリン生だったので間違いなく只では済まなかっただろうから。スネイプがいい例だろう。
言うべきか言わざるべきかを相談した相手がリーマスだったのに、内緒だよってチョコレート1ダースで手を打ったのに、この友人は。
不意にシリウスを見れば表情を硬くして、私を見つめていた。周りの空気さえ巻き込んで氷点下になってしまったではないか。
「ま、マクリートのことはちゃんと断ったよ?ただ彼がスリザリンだったし、シリウス絶対半殺しにすると思ったから…」
「あぁ、確かに。ジェームズ抜きで失神呪文を浴びせてやっただろうな」
「でしょう?だから…」
「それとこれは別だろう。詳しくは私の部屋で聞かせてもらおうか」
「え、ちょっとシリウス…!」
腕を引かれて階段へ向かう。途中、シリウスは立ち止まってテーブルに座るみんなに笑顔を向けた。
「私達抜きでクリスマスパーティーを進めて構わないよ、モリーのケーキが楽しみだったが…用事が出来たのでね」
ニヤリとシリウスは私に妖艶な笑みを向けた。瞬間、冷や汗を掻く。
「モリー!私みんなとパーティーしたい!」
「名前、愛に隠し事はいけないわ。しっかり確かめて来なさい」
「そんな!」
叫んだ後、急に腰に手を回されて浮遊間が私を支配した。はっとすればシリウスに抱きかかえられていて階段を上っているではないか。私を抱えるだなんてそんな体力がどこにあるんだ。
Siriusと金色のプレートに刻まれた扉が閉まる前に、「おっと、お二人さん。この呪文を忘れちゃ駄目だぜ」と双子の声で防音呪文が聞こえてきた。
どさりと降ろされた先は彼のベッドで、そのとき初めて双子の言った意味を理解したのだった。
20101127 杏里