僕は愚かで浅はかな人間だ。
そう自分に言い聞かせて生きてきた。






「リーマス?」



柔らかい彼女の髪が頬を擽り、僕は更に首筋に顔を埋めた。ふわりと香るのは石鹸の匂いで、名前の大好きな蜂蜜の入ったものだ。
甘い匂いに目がない僕には名前が美味しそうで仕方がない。



「名前っておいしそうだよね」

「そんなこと考えてたの?」



クスクスと笑う名前に調子づいて触れるだけのキスをしてあげると、ほんのり頬を紅潮させてぽふぽふと胸板を叩かれた。どうやら彼女なりの仕返しらしい。

益々彼女がおいしそうに見えてしまう僕はきっと末期なのだろう、もうどうしようもない。






ホグワーツの広大な庭のとあるベンチに腰掛けた僕らはいつも他愛のない会話をする。春の日差しが降りかかり、和やかな空間を作りだしていた。
偶に此処でお茶をするのが密かな楽しみだった。



「そろそろ卒業だね、みんなと離れちゃうの嫌だなぁ」

「うん、でもジェームズ達とは縁が切れそうにないな」




笑いを堪える僕に名前は「確かに」と呟いて微笑みかけてくれた。それを見て心がザワリとした。




余裕がある、フリをしている。


僕の本音は不安で押し潰されそうだ。二人にとって卒業とは、ある意味関係の繋がりを失う物。魔法界は広く、そして社会という壁は弊害になり必ず僕にぶつかって来る。

ホグワーツでは隠し通せた人狼だという事実も、この城の外では通用しないのだ。全てを知れば目の色を変えて迫害してくるだろう、そんな社会に僕は身を潜め生きていくしかないだなんて。
彼女は、そんな僕と一緒に居てくれるのだろうか。





「どうしたの名前、」



急に、彼女は黙り込んだ。
何かを呟こうとして口をパクパクとさせている。でも僕を見て困ったように笑うのだ。



「あのね、リーマス…」

「何だい?」

「私、ね」



近くにあった楠の木がザワザワと揺れていた。木陰だったこの場所は、今光に満ちている。



「リーマスの、お嫁さんになりたい」










木漏れ日に透かされた彼女の笑顔をこれ程愛おしく感じたことはない。僕の口はどうやら急に臆病になってしまったようだった。



「僕と?」

「うん」

「後悔しないの」

「しないよ、リーマスがいいの」




先程より頬を紅潮させた名前は「だめかな?」と上目遣いに聞いてきた。駄目なはずがない、僕は君に首ったけなんだよ。到底口に出来ない言葉を呑み込み、変わりに彼女の手を握る。

だけど自分が社会にとって差別される存在だという事実が、このどうしようもないくらいの熱く昂ぶる想いを留まらせてしまう。




「僕は人狼だ」

「知ってるよ」

「きっと君に辛い思いをさせてしまう、職には就けないだろう。君を養っていけないかもしれない」

「そんなの気にしない、リーマスの為なら私だって働くもん」




じわじわと染み渡るように温かい太陽は僕を優しく撫でる。涙が出そうだった。無言で彼女の頭を抱え込み、そのまま抱き締めた。
名前は困ったように笑い、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。




「絶対に」

「ん?」




名前の肩を掴み、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。初めて会ったときチョコレートみたいに甘く細められる瞳に魅入ってしまったのを思い出した。




「絶対に幸せにする。だから、僕の隣にいてくれないか」









僕は愚かで浅はかな人間だ。
そう自分に言い聞かせて生きてきた。

だけど君はそれを否定し、優しく両頬に手を添えて微笑むのだ。


「あなたは愚かでも浅はかでもないわ」


その言葉を僕はずっと待っていたのだ。無償の愛を、ありのままの僕を見つめてくれる誰かを。




「だいすき、」





満面の笑みで応えた名前を思わず押し倒してしまったのは言うまでもない。








リーマスで甘々。
20101019 杏里

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