身が軽い。
なんて素晴らしき日だ。
忌々しいアズカバンの監視から解放されて数ヶ月、あっという間にあの御方の記念すべき日になるなんて!




「死ーんだ死んだ!シリウス・ブラック!」




あの御方に刃向かう哀れな従兄よ、血を裏切る愚か者が1人消えた。
これでまたあの御方の理想に近付いたのだ、さぞかしお喜びになっているだろう!

軽くスキップしながら久々にシシーの家に向かった。
しかし長居は出来ない。


ルシウス、あの間抜けめ。
シリウス・ブラックにやられて魔法省に捕まるなんてな。
直に闇払いがこの屋敷にもやってくるだろう、ゆっくり出来ないのが残念でならない。
シシーも哀れな夫と婚約したものだ。
愛する夫がアズカバンに入れられるなど堪えられないはず。
なんたってシシーにはドラコも居るのだから。


だがその感情はイマイチ理解できない。
私と夫の間に愛は存在しないからだ。

向こうは知らないが、私にはあの御方以外に全てを尽くす相手など存在しない。


寧ろ愛がどんなものか見せてほしいものだ。
闇の力に対抗できるものなど、ありはしない。
















そこでふと、足が止まった。

もう遠い昔にも感じる、まだ私があの御方の配下に加わっていない学生時代。
私の愛と呼べる代物を掲げた一人の少女を思い出したからだ。







「アンタ、何でグリフィンドールなんかに入ったんだい?」

「え?」

「あたしと話が合うんだ、スリザリンに入るべきだったんだよ」

「あはは、ベラ。それは関係ないよ」




いつの話だったか。
今では入り込むことさえ出来ない老いぼれの城で生活していた頃、寮のトレードマークであるネクタイをしない不思議な少女を見つけた。

ほんの気まぐれだった。
小さい頃のシシーみたいに小さくて可愛い子だったからつい「何やってんだい?」と声を掛けたのだ。
すると満面の笑みで答えた彼女の瞳に、私は吸い込まれたんだ。


それからよく会うようになった。
立ち止まって話すようにもなったし、お互いの話をするようになった。
相変わらず寮の話にはならなかった。
寮で仕切れるような子ではないのを知っていたし、何より全ての寮において友人が多かったのだ。
彼女がネクタイをしない限り学年の違う私がどの寮かなんて分かりやしなかった。
仮にもしスリザリンだとしても寮に戻る時間が違えば探しようがない。




別に構わないと思った。
名前となら、なんだって。


今までこんなに話が合う奴は初めてだった。








でも、私は知ったのだ。


その年の夏休み休暇前の寮別対抗杯の日、いつもは色んな寮テーブルで食事をとっていた名前が座ったのはグリフィンドールのテーブルだった。
胸元に紅と金色のネクタイを締めてブラック家の長男、シリウスの隣で笑みを浮かべていたのだ。

そんな名前が居るなんて、私は知らなかった。
そんな名前は知りたくなかった。









「なんでだい?」

「だってベラ、今私と喋ってるでしょう?」




それがなんだって言うんだい、と呟いて眉を顰めると名前は可笑しそうに笑った。



「だから寮なんて関係ないの。ベラは私がグリフィンドールだからって態度を変えなかったじゃない、私、すごく嬉しかったよ」



満面の笑みで言われるのだから堪ったもんじゃない。
こいつの笑顔は凶器なんだ、私にとっては。

名前に抱いていた感情は果たして恋慕だったのか、隣に居る従兄を妬ましく思う気持ちばかり膨らんで殺してやりたいくらいに憎かった。
しかしそんなことが出来るはずがない。
名前が泣いてしまう。





「愛しいよ、あんたが愛しいよ、名前」


縋りついて泣き叫べば名前は私の手を取ってくれただろうか。
いつもみたいに意地の悪い笑みを浮かべて穢れた血をなぶる私などに光の中にいる名前は振り向いてくれるだろうか。



名前がブラック家の恥晒し、シリウスの恋人だというのを知ったのはその数日後。
柄にもない顔で真剣に名前を見つめる従兄。
それを見つめ返す私の唯一の友人。
















「名前!」



私があの御方に仕える前、名前の家に行ったことがあった。
無意識の内にシシーの家から遠ざかり、足は彼女の家に向かっていた。

玄関の呼び出し鈴を鳴らして玄関の前に立つと中から気配がする。
近付いてきた気配は扉を開け、そして目をこれでもかと見開くのだ。
アズカバンから脱獄した凶悪な殺人犯と化した私を見て。



あの日以来、敵同士になった私たちは顔を合わすことはなくなった。

本当は名前も此方側に来る予定だったのだ、なのに老いぼれに諭されたブラック家の長男に引かれあちら側に保護された。


そして瞬きをするより早く、敵対同士になってしまっていたのだ。



「…ベラ?」

「あぁ、そうだよ」



名前は変わりなかった。
最後に会ったあの頃と何ら変わりない名前の姿があった。
私は名前の手を取り、笑顔で言った。


「聞いておくれ名前!ついさっき奴を殺してきたんだよ、これでお前も何の気兼ね無しに此方に来れる!また昔みたいにおもしろ可笑しく暮らせるんだよ!」



名前はあの時の私みたいに眉を顰めた。一体何をしてきたのと言いたげな表情だった。



「魔法省であの御方の復活の宴があったんだ、私はそこでシリウス・ブラックを…」



瞬間、名前の瞳が揺れた。



「いま、なんて…?」

「だからシリウス・ブラックを殺してやったのさ!あの忌々しい従兄、血を裏切る者、そして私から名前を奪った妬ましい男!」


ゲラゲラと高笑いをすれば、ピクリとも動かない名前に思わず段々声が小さくなる。恐る恐る様子を伺えば、彼女の澄んだ瞳は失意に呑まれていた。



「どうして、ベラ、何でことを…!」

「どうして怒るんだい?昔みたいに何も気にせずに居られるんだ。あの御方には私が話を付ける、何も心配しなくていいんだよ」

「そうじゃないわ!そうじゃ、ないのよ…」



その場に膝を折り、大粒の涙を零す名前の姿に声が億劫になってか喉で言葉が消え失せる。
あっという間に充血して泣き腫らした目を向けられ、息が止まるかと思った。



「私の夫を返して、この子の父親を返して!」



滑稽なものだった。
名前はシリウス・ブラックがアズカバンに収容された後も待ち続けていたというのか。
そして、その息子を孕んでいたなんて。



「出て行って、ベラトリックス。もう会えないわ」



涙ぐみながら背を向けた名前に言葉が出ない。
刹那、掠れた声で彼女は言った。






















「大好きよ、ベラ」















なんだ、この溢れてくるものは。




20101008 杏里


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