彼に向けられる殺気はとても心地良かった。全身を駆け抜ける電流のようなあの感覚は、ボスの物よりも私の感覚を刺激した。
口から滴り落ちる赤い液体は私の肺を圧迫させて流れ出したもので、彼が私を蹴り飛ばしたからで。避けなかったのが不服だったのか、彼は眉根を寄せた。

(違和感を感じ取られてはならない)

アナタに握られている剣先が私の心臓を貫いたら、きっとすぐにあの世に逝ける。未練なんて残らないくらいに、気付かないくらいに。雨の守護者のアナタは鎮魂歌を奏でながら私を斬り捨てればいい。それがアナタの使命なんでしょう。

「何で裏切ったんだぁ」

彼の瞳は怒りと裏切りの色で塗り潰されていた。そうだよね、私はずっとアナタの隣に居た。ずっと、ずっと、だけど気付いていなかったのはアナタだよ、気付けなかったのはスクアーロなんだよ。

「誰から、聞いた?」

「XANXUSからだぁ」

「へぇ、…」

彼は私に剣先を向けたまま淡々と呟いた。だけど剣はヴァリアーの者であれば誰だって回避できる位に隙だらけだった。

血迷っているの?

君はボスに忠誠を誓っているんだから、私を殺さなければならない。君はボスを裏切らない、だから、私を殺さなければならない。

「スクアーロ、」

私の気が変わってしまわないうちに、私がまだ生きたいと願ってしまわないうちに、



「殺して」







長い廊下を歩くと妙に響くブーツの音が、思考の奥深くにある感情を揺さぶった。
カツンカツンと音がする度に、鐘を鳴らされる様に頭に直接響いて来た。

名前とはガキの頃からの仲だ。

跳ね馬も居たマフィア学校の頃からずっと隣に居続けた奴だった。マフィアには合わない、温厚な性格で(沢田綱吉よりもヘタしたらヤバい)ベルの殺し方には異議を唱えることだってあった。

「私達は生かされているの、それを忘れてはいけないんだよスクアーロ」

何時だっただろうか、そう名前に言われて違和感を感じた。
あの頃から奴は妙に俺と距離を持つようになった。それに任務以外はいつも部屋に居た。だから元から色白だったあいつの肌は、更に白くなった。


いつから拗れちまったんだ?

アイツがXANXUSを裏切るなんて、考えられねぇ。アイツはそんな奴じゃねぇ。分かってたのに、分かっているのに、込み上げて来たのは怒りだった。俺はXANXUSの命令通り名前を殺した。



切り捨てた時、アイツは笑っていた。喜んでいたみたいに、それを望んでいた様に。俺の斬撃は名前だったら避ける事なんて簡単なことで、でも、アイツは避けなかった。瞳すら揺らがすことなく、目だけは虚ろに前を見つめていた。

「終わったのか」

「あぁ、終わったぜぇ」

「…そうか」

あの後、俺はXANXUSの元に向かい報告をした。名前を斬り捨てたこと、名前が抵抗しなかったこと、全てを。するとXANXUSは目を伏せて俺に向かって一通の手紙を投げつけた。

「ゔお゙ぉい、何だこれはぁ」

「…部屋に戻ってから読め」

「あ゙ぁ?」

そうとだけ呟くと、XANXUSは俺を部屋から追い出した。訳が分からなくて言われた通りに部屋に戻り、バタンと扉を閉めたその場で便箋の裏を見る。そこには名前も書いていなければ送り主の名もない。記されていたのは、

親愛なる友に捧ぐ


この一文字だけで、その字体は名前の物だと理解した。だがら俺は首を傾げた。
XANXUSが裏切り者の残した遺書なんざを易々と俺に渡すだろうか?アイツなら渡す前に灰にしないはずがない。その疑問が脳内で蠢いて、やがてゆるゆると真実を照らし出した。


手から滑り落ちた手紙はろくに音も立てず、ゆっくりと床に落ちて。






親愛なるスクアーロ。
私は君に伝えなければならない事がる。君にずっと黙っていたことがある。君は覚えているかな。少し昔、私が任務で負傷して帰って来たのを。
あの時のことは余り思い出したくないけれど私が敵に惨敗して寝たきりになった時期があっただろう?
時が経つにつれて怪我も治り始めて私は早々に復帰したけど、一つだけ、もう二度と完治しないと言われたモノがあったんだ。
あの日から私の目は徐々に光を失って来た。今じゃあ左目は完全に見えない。かろうじて右目で君の輪郭を感じることが出来るんだ。そんな状態で任務に就いて、怪我が増えちゃって、君にそれを指摘された時は正直内心ヒヤヒヤしてたけどね。
その事を昨日、初めて伝えた。ルッスとか滅茶苦茶泣いちゃって困ったんだよ。ベルも、もうナイフ投げないって言ってくれた。マーモンはただ黙って私の頭を撫でてくれた。レヴィは鼻を啜ってた。

ボスは静かに私を見てたと思う、ボスの視線ほど感じ取りやすい物はないからね。
どうか、この話を聞き終わったからってボスや他のみんなを責めないで欲しい。これは私が頼み込んだ事なんだから。


これは私が望んだ死なのだから。

(優しい君のことだから思い詰めてしまうのだろうけれど、それはいらない感情だからね)
私は長い間、光を奪われ続ける生活の中、ずっと考えていたんだ。このままだと、いつか同胞を傷付けてしまうだろう、って。そして一番嫌なのは、どこの誰か分かんない様な奴等に殺されること。
こんな事なら、まだ犯された方がマシだと思える。私の目が最後に映すのが、スクアーロじゃないのは嫌だった。だから私は考えて、考えた末に思い付いたの、最も信頼する、アナタに殺されることを。
だから私はボスに頼み込んだ。私を裏切り者として、スクアーロに始末させて欲しい、と。私の目が完全に光を失う前に、色を失う前に、どうか。

後は君が行った通りの結末になるだろう。
つまりこの手紙を君が読む時は、私の死を意味するのだから。

きっと君は馬鹿げてると私を嘲るのだろう。どうして死を選ぶのかと吠えるんだろう。
でも、その答えは君が一番知っているはずだよ。君が豪語する誇りは、私にも存在するということなんだよ。君にとってボスの為に戦うことが誇りなら、私にとっての誇りは君に殺される事だ。

今までありがとう、君と過ごした日々はとても楽しかった。君と一緒に入ったマフィア学校でも、ヴァリアー入隊、そして今も君が居たから退屈なんてしなかった。
でもずっと隣にいた、隣にいたから、一緒に居たから逆に気づかない事もあるって気付いたんだ。

最後に一言、スクアーロがボスを最もとするように、私にとっての最もは、スクアーロ、だったんだよ。







その後の手紙は、中心にポツンと文字が書かれているだけだった。addio.と、走り書きが、あるだけだった。


「さよなら、?」


気づいたら視界がぼやけていた。知らなかった、気付いてやれなかった、名前が苦しんでいたなんて一番近くに居た俺が、一番早くに気付かねぇといけない俺が、気付けなかった。




気付いたら、あの場所に居た。名前を殺した場所だ。切り捨てた時の血が、まだ残っていた。


「名前、」


もう名前が居ない事は分かってた。だけどお前なら、俺の声に応えてくれるって、どこかで期待してる自分が居た。でも、世界は、現実は残酷で、名前が答える事なんてなかった。答える筈がなかった。

俺は泣いてはならない、泣く資格なんてないんだ。俺は気付けなかった。名前はずっと気付いて欲しかったんだ。俺が名前を追い詰めて、殺したんだ。


「戻って来い、俺はお前が必要だぁ」


自分で手に掛けておいてそんな台詞はねぇだろぉと、もう一人の俺が言った。確かにそうだ、でもなぁ、気付いちまったんだよ。

居なくなってから気付くなんて俺は、最低な暗殺者だったんだ。


光失少女


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前サイトより。


20110518 杏里

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