この話の続き。




私の育ての親というひとは、何だかとっても変だ。FFI世界大会で優勝していてちょっとした有名人なのに、あまり昔のことは話したがらない。
ちょっとというか、かなり目つきが悪い。口が悪い、態度もでかい、だけど優しいよく分からない人。うちのサッカー部の顧問、円堂監督によれば昔は髪型も凄かったらしい。是非見てみたいものだ。


育ての親である不動明王は、私をみていつも懐かしそうに目を細める。長い長い何かを思い返すように私の姿を視界に収めるのだ。そして私は、その正体を知っている。

「早く名前さんにプロポーズしなよ」

隣でちびちびとビールを飲んでいた不動明王はブッと噴き出した。そしてみるみるうちに赤くなった顔を隠しもせずに私に向かって声を張り上げた。

「ばっ、なに言って…!」

「馬鹿だよね、ほんと。もう少ししたらとか考えてるかもしれないけどさ名前さん待てないよ?一応適齢期だし?」

「ガキが知った口きくなっつーんだよ」

「そのガキに言い当てられて真っ赤になってんのは誰ですかー」

「うっせぇこれは酒で赤くなってんだよ!」

「はいはい近所迷惑近所迷惑。」

「この…!」

持っていた缶ビールを握りつぶしそうな不動明王は私を睨みつける。最初は怖かったけど、これは彼なりの照れ隠しなのだ。
そして私は知っている。私を通して、彼が何を見ているのかを。



昔、不動明王の友人である鬼道さんに話を聞いたことがあった。不動明王は頑なに昔の話をしたがらない。というより、過去に興味がないらしい。でも実際の所、誰よりも過去に捕らわれていると自嘲気味に零していたことがあった。
鬼道さんは話すのを渋ったが家族の過去を知りたいという感情に理解を示してくれた。勿論、本人が打ち明けるまで存じていることを伏せるようにとの約束の上で。



彼の過去は確かに悲惨なものだった。親の環境に振り回され、そしてそれに囚われながら育ったのだ。
私自身も両親に振り回され結局捨てられた身だったから、それがどんなに辛いことか知っている。両親は私を置いて蒸発してしまった。母は男癖が悪く父は爆釣好き、母に預けられたものの男が私に手を出そうとしたため邪険に扱われ、逃げ出して以来会っていない。というか知らなくても構わない。だって、今の生活に満足しているから。




不動明王は周囲をねじ伏せ他人を見下し、己だけを信じて生きてきた。だけど円堂監督と関わるようになって、すっかり変わったのだという。この話をする鬼道さんは少し悲しそうに眉を垂らすのだから、きっと彼も何かあったんじゃないかと思う。
その過程の中で不動明王は名前さんの家に居候することになったらしい。私と同じで中学生だった彼はFFIに参加するまで彼女と同じ時間を過ごした。親との関係を絶っていた彼はこちらで生活するため彼女の元に転がり込んでいたのだ。
不動明王という人間はとても警戒心の強い人だった。だけど名前さんのことは何かと気にかけていたらしくFFI合宿中もよく彼女の家に帰るため抜け出すことがあったらしい。
今の不動明王を見れば分かるだろう、お互いにとても曖昧な関係だったことを気にしている。二人は家族にも恋人にも友人にも当てはまらない不思議な関係だった。でも、不動明王は彼女に焦がれていた。名前さんはやっぱり大人だったから想いに蓋をしてしまっていて無意識に彼を友人の延長線上なのではと思い込んでいた。
やっとこさ結び付いたのだが、同棲することにも慣れていたためあまり変化はなかったのだとか。というより元から惚気ていた?

そして何年か経ち、不動明王が20を過ぎた頃、彼は私を拾った。分かるだろう、名前さんもその頃、不動明王を預かっている。

不動明王が私を拾った時、名前さんは転勤した先に住んでいたので偶に会うくらいだった。だけど私の母のように決して邪険に扱うことはなかった。子供だからといって私も女だ。嫉妬くらいするだろうに彼女は至って普通に私と接し、「あきおが二人いるみたい」と懐かしそうに目を細めたのだ。


そう、不動明王のあの目はこれとまったく同じだったのだ。


すっかり酔いつぶれてしまった不動明王の代わりに転がっている空の缶ビールを拾うと、いつも目に入ってしまう彼のジャージのポケット。四角い小さな箱が押し込まれているのを私は知っている。それが何なのか、誰に渡すつもりなのか、すべて。

「明日名前さん帰ってくるんでしょ?頑張ってね」

「…うるせー」

机に伏せたまま呟いた不動明王に私は笑い、長年願い続けた望みを吐いた。

「早くアンタ達の娘にしてよね、おとーさん」




あきお、久遠監督の心境を知る。
20110317 杏里

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