この話の続き。



銀色の髪が、現代のまだ綺麗な空気に揺れている。目の前の少年は此方に瞳を向けたまま動こうとしなかった。彼は一体何を思い、私の前に立っているのだろう。


この小高い場所にある鉄塔広場は今の季節、とても心地よい風が吹く。いつもは歩き回っている稲妻町を見渡す事が出来るのだ。初めて円堂に連れてれて来てもらった日も、こんな風が吹いていたような気がする。頬を撫でる風をまた懐かしく感じた。


円堂より随分年上の私は昔との風景の違い、戦火のない街、灯る明かりの大切さを知っている。同級生たちはぼやく、服が欲しい、金が欲しい、欲しい欲しいと。
あの時代、爆撃が怖くて明かりさえ付けられなかった日々を思えば、ろうそくが燃え尽きるよりも早く息絶えていった友人、今までに関わったすべての人たちのことを思えば、満たされていることに気付こうとしない現代人のなんたる哀れなことか。

そう考えてみれば、彼に会うのは何年ぶりになるのだろう。終戦60年を迎えたこの時代、つまり約60年ぶりの再会ということになる。もうそんなに経つのかと私は目を伏せた。

「バダップ、」

私の頬に添えられた手をやんわりと離せば、バダップはそれをまるで他人がされているのを見るかのように眺めていた。
彼の瞳はいつ見ても何か訴えているような強い目をしていた。私はそんな彼の瞳が好きだった。見つめているだけで私の心が満たされていくのだ。だから追い付きたくて、追い付きたくて死に物狂いで地を這いずり回った。彼の背中をしっかりと支えられるくらい強くなるために。
しかし今の私にとってそれは60年も前の話になる。人間の記憶とは実に儚い、どんなに大切な記憶も段々と寂れ、運が悪いときは忘れ去ってしまう。生まれてからずっと一緒だった彼との記憶も、ぼんやり朧気になってしまった。
一方で、寂れない記憶というものもある。私は長い時を歩んできた訳であるが、その間に求愛をされたことが何度かあった。私のどこにそんな価値があるかは分からないが愛の言葉は温かさを秘めていることは知っている。好きだ、愛してる、結婚して欲しい。どれも喜ばしい言葉のはずが、私の心臓は早鐘を打つことは無かった。


バダップ、私は知ってしまったよ。私の心臓は今君を目の前にして早鐘を打っている。私は知ってしまったのだよ、その意味を。

「ごめんね」

懺悔なのだろうか、これは。バダップは初めて、その瞳を揺らした。そして彼にしては荒々しく私を引き寄せた。

「行くな、!」

取り乱した彼を見るのは初めてだった。まるで駄々をこねる子供のように、彼は私を抱き締めていた。離すまいと力が入っていた。嬉しいはずなのに涙が出た。
バダップは私を見つめた、私の好きだった瞳は何かに邪魔されているのか酷く虚ろに見えた。途端に軍服から機械音がして目が覚めたように顔を上げたバダップは、ゆっくりと私から離れていった。そのまま、彼はどこかに消え去ってしまった。














「行くなって言う癖に、ねぇ、バダップ」






迎えたFFIの決勝戦。雷門中の対戦は、王牙学園。バダップは私を見ようとしなかった。ただ、円堂に殺意の篭もった目をくれてやるだけで。
どうかバダップが気付きますように、私が円堂に出会って知ることの出来た真実を、彼が受け止められますように。祈るように手を重ねる、ベンチに居た私はただ待つしかなかった。




試合は終わりを告げた。結果は王牙の敗退、あのバダップが敗れたのだ。衝撃を受けるチームメイトを余所にバダップは円堂に噛みつかんばかりに声を張り上げた。私がバダップと同じ未来人であること、最初は円堂を狙っていたこと、全てを吐露した。
ざわめきが生まれて、みんなが私を見つめる。疑心の篭もった視線が注がれるはずだった。だけど、前へ進み出た円堂が言ったのだ。「名前は雷門のメンバーだ。それは何があっても変わらない」、と。雷門のメンバーは頷き私の周りを囲む。じわじわと目頭が熱くなるのを感じた。


ねぇバダップ、分かったでしょう。円堂がどんな人で、どんな可能性も可能に変えてしまう人だって。だから私は彼のチームにいることを選んだんだよ。心の奥から溢れ出す温かいこの気持ちを私は信じたんだよ。きっと、貴方も気付けたんでしょう。

円堂は心臓辺りに手を当てて言い放った。すると、バダップは目を見開いた後、至極落ち着いた顔つきで私に視線を向けた。しっかりと自分の心臓の辺りに手を添えながら。








「俺にはなかったんだ、お前との関係を変える勇気が、変えようとする勇気が。だが今なら言える。皮肉なことだが円堂守の言葉を信じるなら、俺は、」

「好きだ、名前が好きだ」

FFIが終わり王牙が姿を消した会場、雷門中へ帰る支度をしていた私を誰かが後ろから抱き締めた。誰かだなんて、言わなくたって。

20110304 杏里

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -