日の当たる場所を嫌っているわけではなかった。無意識に自分でも気付かないほど深くに潜っていたのだ。
ブクブクと空気の泡が上へ上へと消えてゆく。辺りは濃紺に染まっていて頭上はきらきらと星を散りばめたみたいに輝いていた。でも、今の俺はそんなことにも気付けないほど、殻に籠もる子供だったのだ。

「ひろと」

やめて、その名を呼ばないで。僕は誰、僕は一体誰のための子供なの。何のために、あなたの子供になったの。

「ひろと、ひろと、」

泣かないで、どうして?僕は隣にいるよ。ずっと隣にいるよ、ずっとずっと隣にいるんだよ、姉さん。

「父さん」

言葉になるはずの吐息は、泡になって消えていく。苦しい、呼吸がこんなに苦しいものだったなんて僕は、俺は、今まで知らなかった。

いっそ止まってしまえばいいのに、と肺に残る少量の酸素を泡に変えていく。手足が痺れて頭は思考を停止していく。僕はどう足掻いたって、どんなに頑張ったって、どんなに父さんと姉さんを愛したって…吉良ヒロトにはなれないんだから。
泡に混じって溶けていく涙に、僕はそう吐露した。








「ヒロト」

また、その名前を呼ぶの。誰なの。聞こえてきたその声に、俺は嫌悪の目を向けた。だけどすぐに出来なくなった。いつの間に現れたのか、目の前には優しく微笑みながら、ずっとずっと僕の手を引こうと躍起になっていた名前が居たのだ。

「ヒロト」

再度優しく微笑んだ名前は俺に口付けた。割り込んできた舌が、俺の舌に絡みついて一緒に空気が雪崩れ込んできた。

俺は、息をしている。

馬鹿みたいに名前に抱き付いて泣きじゃくる俺は、遂に海面で酸素を吸った。



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メーデー=仏語:m'aidez(私を助けよ)

20110227 杏里




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