風がなびいて、すっかり長くなった私の髪を揺らした。いつだったか、彼はこの髪を褒めてくれたものだ。黒髪なんて私の他に五万と居たのに、「名前の髪が一番綺麗だ」なんていって。
でもその彼は今となっては亡き人で、私はこうして泣き暮れるているしかなかったのだ。誰かの声がしても、私の耳は受け入れることはなかった。ただ泣き続ける事が私にとって一番楽だったのだ。
ホグワーツの湖の畔に座り込んでいた私は相変わらず泣いていた。すべての戦いが終わり、多くの者が息絶えた。例のあの人は遂に消え失せた。ハリーが生き残り、ヴォルデモート郷が死んだのだ。
いつになっても泣き止まない私を心配していたリーマスやトンクス、苛々しつつも慰めてくれていたマッドアイ。ジョーク混じりで私を笑わせようとしたフレッド、一生懸命美味しい料理を作って私を見守ってくれたドビー。
みんなみんな、あの人の元へ行ってしまった。ジェームズやリリーの待っている、シリウスの待っている所へ。
「名前」
ハリーがいつの間にか隣に腰掛けていて、すっかり大きくなった彼は私の背中をあやすようにさすった。まだ若いハリーにあやされるなんて、大人失格なのに涙は未だに眼球から溢れて流れ落ちていた。
「シリウスに会ったんだ」
今まで耳が受け入れようとしなかった他人の声が、するすると入り込んできた。ゆっくり顔を上げるとハリーが微笑んでいて、その後ろにはハーマイオニーとロンが見えた。
「う、そ」
「本当だよ、父さんにも会ったんだ。ルーピン先生も居た、みんな若かったよ」
小さく笑ったハリーは湖を見つめながら口を開いた。死の秘宝の一つ、蘇りの石が彼等を呼び寄せたのだという。
「みんな、名前がまだ泣いてるの気にしてたよ」
湖を見ていたハリーが此方を向いて、それがジェームズに見えたものだから私の頭の中はあの頃で止まっているんじゃないかと思った。ハリーが生まれる前より昔、ホグワーツで過ごしていたあの頃で。
「シリウスは、」
「うん?」
「…シリウスは元気そうだった?」
やっと絞り出した言葉は、あまりにも味気ないものだった。自分でも他に何かあるだろうと言いたくなった。だけどハリーは目を細めて笑うだけで、それがリリーに似てるだなんてどうして当然のことを思うのかと自分を嘲った。ハリーはリリーの息子なのだから、似て当然ではないか。
「うん、僕が見る限りは元気そうだったよ」
「…そっか」
「ただやっぱり名前の事、心配してた」
まだ涙の溜まっている瞳を閉じれば、ゆっくり頬を伝っていくそれを感じながら私は深く息を吐いた。
シリウス、あなたってひとは。
「ばかなひと」
「えっ?」
「ううん、何でもない」
立ち上がって空を見つめた。
あんなに暗かった空は、私たちがホグワーツに居た頃と変わらない澄み渡った空に戻っていた。ハリーはそんな私に釣られるように同じく空見上げた。
杖を掲げる。昔図書館で見つけた本にあった魔法を思い出したからだ。口早に囁き、空へ藍色の光線が駆け上がる。弾けたそれは一瞬にして青空を星空に変えた。
「わぁ!」
ハリーやロンが驚きの声を上げ、ハーマイオニーは「どこでこの魔法を知ったの?」と興味津々だった。私は笑って「禁書の棚にあったの」と呟いた。ハーマイオニーは目を丸くする。私が規則を破るようには見えなかったらしい。
「シリウスが、綺麗な夜空が見たいって言った私のために持ち出してくれたから」
すっかり涙が引っ込んだ私はそう言って笑った。すると、待ちわびていたようにおおいぬ座のシリウスがきらりと光って、辺りから星屑達が降り注いだ。
20110226 杏里