今日の仕事は昼までだったのだが諸事情により夕方まで延びてしまった。社会人であるからにして、これきしの事で根を上げては居られない。そんな私は友人達に誘われた飲み会や合コンをすべて断り、一人帰り道を歩いていた。決して友人関係が険悪なわけでもないし、お酒が飲めないわけでもない。みんなとわいわい遊びたい年頃である。しかし私には他に優先しなければならないことがあった。

丁度通りかかった道には、一躍有名になったサッカー部のある雷門中があった。そして今はイナズマジャパンの合宿が行われている。何故中学生のサッカー大会に大学生の私が詳しいのかと言われれば、間違いなく同居人の影響だった。


私の同居人はイナズマジャパンの代表だ。ある日突然、「日本代表に選ばれた」と言い出して合宿に参加したので最近は顔を合わせていない。

と言っても私たちは元々お互いを知らなかったので、どうこう言えたもんじゃないのだが。

ある日、学生時代から雷雷軒繋がりでお世話になっていた響木さんから連絡があった。預かって欲しい子供がいる、と。小さい子が好きな私が想像したのは幼稚園くらいの子供、勿論二つ返事で喜んで引き受けたのだが、実際会いに行ってみると子供は子供でもクソ生意気な中学生の餓鬼が響木さんの隣に立っていた。
あれからお互いの距離を測りつつ上手く同居していたわけなのだが、私たちは果たして友人なのか家族なのか曖昧な関係にあった。確かにクソ生意気な餓鬼ではあったけれど、まったく可愛くないわけではない。寝起きは意外と寝ぼけて甘えてくることもあったし、いや、甘えるったって布団という境界線を越えて転がってくるという迷惑な行為なのだが愛着が湧かないわけではなかった。

向こうは単に世話をしてくれるウザイ女としか思っていないかもしれないが、私は意外と彼との生活を気に入っていた。だからこそ、彼が私の部屋から出て行ったのはそれなりに寂しかった。一人がこんなにも虚しいと気付けるのは誰かがいることに慣れてしまった時だと思い知らされたものだ。

しかし関係が崩れてしまったわけではない。彼は普段から素行が悪く、周りなどお構いなしな性格なので、しばしば合宿中にも関わらず宿泊施設になっている雷門中を抜け出して私の部屋に帰ってきていたこともあった。そんな日は決まって彼の好きなものを好きなだけ食べさせてあげるのだ。彼の性格上、周りと慣れ合うことは無いに等しい。ここを拠り所にしてくれているのだと、私は勝手に解釈している。

でも、彼は気紛れ屋だ。きっと私の知らないところで彼女作ったりしてるんだろうな。未だに外泊はしたこと無いけど、いつかは私の部屋を出ていく事は明白。雷門中を抜け出すが如し、街中を徘徊して歩いているのかな。昼間は私が絶賛勤務中でその姿を拝むことはできないから。

「いつかは出て行く、かあ…」

もしかしたらそれは今回なのかもしれない。仮に合宿生活が終わり世界大会が終わっても彼が私の家に帰ってくる確証はないのだ。響木さんだってそれを見越して私に預けたのかもしれない。



「うるせーな、どこだっていいだろ別に」

不意に聞き慣れた声がして前を見れば校門前に沢山の男の子達が居た。しかもみんなジャージ、あれ、うちの居候が着てたのと同じ…その中でも否応に目立つ黒髪から、その声は発せられていたようだった。

「明王?」

彼、不動明王は集団から少し外れた場所でジャージのポケットに手を突っ込み不機嫌そうに突っ立っていたのだが、私を見た途端呆気にとられたように少し鋭い目を丸くさせた。

「ん?不動の知り合いか?」

真ん丸い目をこちらに向けたのは額にバンドを巻いた少年だった。不思議そうに見つめてくるこの子、フットボールフロンティアの大会放送やエイリア学園との試合中継で見たことある。確か、キーパーでキャプテンの。
途端に舌打ちが聞こえてきて、見ればやはりというかずばり明王だった。

「何でいんだよ」

「何でって、今日は明王が来そうな気がしたから友達の誘い全部断って帰宅途中なんだけど」

「は、何お前エスパー気取りかよ」

フンッと明王はいつものように鼻で笑う。こいつ、折角帰ってきたのに馬鹿にしやがって。確かに明王が帰ってくる確証はなかったし、現に明王はどこかへ向かおうとしている。私が出る幕がないのは承知、しかしムッとしたのには変わりない。言い返そうとすれば明王は不適に笑って私を見据え、くるりと振り返りチームメイトだろうか、状況を掴めていないみんなに向き直った。


「そーゆう事だから俺帰るわ」

「待て不動、どういう意味だ」

ひらひらと手を振り去ろうとする明王をゴーグルにマントという奇抜な格好をした男の子が言葉に噛みつくという形で引き止めた。明王、アンタ何したの。明らかに険悪ムードじゃない。鼻で笑ってないでなんとかしなさいよ。焦りながら明王を見れば口角が釣り上がっていた。うわ、嫌な予感。

「賢い鬼道君でもわかんねえの?帰るって言ってんだよ」

「お前はこの宿舎に居なければならない。虎丸のように監督から許可を取っていないんだからな」

火に油を注ぐことしか出来ない男、不動明王。バカだ、ここまで来るとただのバカだ。どんだけツンデレなの明王。

「馬鹿言ってんじゃねーよ、どこに行こうが俺の勝手だろ。何度も言わせんなよ」

「ちょっと明王、大人しく宿舎に居たら?そんなにムキになってまでどこ行きたいの」

ここは年上として止めねば。そう思いまずは天の邪鬼明王を宥めようとしたら彼は目を釣り上げて「ハァ?」とドスの利いた声で私を見上げた。思わず後ずさる。あ、明王、その顔怖い。

「お前それ本気で言ってんのか」

「え?あ、うん」

明王は苛々した口調で言った。何、なんでそんなに怒ってんの。さっきまで明王に噛みついていたゴーグル君、たしかきどう君だった、彼も心なしか焦っているように見えた。

「俺がお前と暮らしてて一度だって他の奴等の家に泊まったことあっかよ」

「ない」

「だったら俺が帰るっつったらお前ん家しかねーだろ!言わせんなブス!」

えっ、ブスって、えー。確かに可愛くないけどさ、今の会話の流れ上全く関係ないじゃないか。それでも私は「ご、ごめん」と謝った。明王は私の居るあの部屋を自分の帰る場所だと定義してくれていた。なのに肝心な私は明王が他の家に行くんじゃないかって勝手に想像して、それをあろうことか本人に言ってしまったのだ。

「別に、分かればいいんだよ」

見た目や口調はとんでもなく生意気で嫌味な奴だけど彼は私の家に来て一度だって文句を言ったことはない。私に対して鈍いだの足が遅いだの締まりのない顔をしているだのは言っていたけど、料理や洗濯、そういった類には決して文句を言わない根は優しい子だ。
だから今、小さな子供があやふやな日本語を話し、大人に通じないことに苛立っていたのがとうとう意志を伝えることに成功したみたいに破顔する明王を私は無性に愛しく感じてしまった。


「なあ不動、今更だけどさ、その人誰なんだ?」

超次元なピンク色の髪が目立つ子が首を傾げ、言った。家族?友達?恋人?母親?は若すぎるよな。その疑問は段々みんなに広がり口々に適合しそうなカテゴリーを上げていく彼のチームメイトは不思議顔。しかも明王はどれも否定した。「そんなもの」、とでも言いたげだ。隣にいた私を見上げ、にいっと彼の口角が上がる。そんなの、とは如何様なものか。しかし彼にとって家族とはあまり信用できない関係だという考えが根付いている。育った環境が環境だけに。それに明王の言うとおり私たちは酷く曖昧な関係だ。どんなカテゴリーにも当てはまらない不思議な関係だ。きっとこれからも関係は曖昧に変化していくか、はっきりとした色合いを見せていくのだろう。
明王は少し躊躇った後、また不遜な表情をして私を見上げる。


「ま、そのうち友達以外実行してやるよ」


ニタァって笑う明王にイナズマジャパンのメンバーが驚愕の声を上げる。「生告白じゃねえか!」ピンク頭、お前テンション高いな。私は口から漏れそうになった声をすぐさま呑み込んだ。
うん、いつか明王が大人になって、私の好みの男になったらそれも悪くないと思ったからだ。でもその頃には私、おばさんに成りかけ。若い子に目移りして相手してくれないんじゃないのかな、と小さく笑えば明王は照れ隠しに叫んだつもりらしいが余計に顔を赤くさせる結果となった。



「お前みたいな奴俺くらいしか貰い手ねえんだ、仕方なく貰ってやんだよ!」


かわいいなこいつ。





昨日、0210は不動の日。いいあきおの日。
20110211 杏里

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