「久しぶり佐久間、悪いんだけど今日泊めてくんない?」

インターホンが鳴ってチェーンを繋いだままの扉を開けようとしたら、俺の意志を無視して勝手に開いた。隙間から見える廊下の無機質なコンクリートの上に幼なじみが見えて、俺の心臓は爆発寸前だった。

「何言ってんだ、お前」

げんなりして見せているものの内心は狂乱していて、表情に出さないのは一苦労だった。元々感情が顔に出やすい俺にとってそれは大変難しいことだった。

「いやさ、何か佐久間の所行きたくなって」

「何かってなんだ、何かって」

と言いつつもチェーンを外し中に招き入れるのだから俺はとんだ甘ちゃんだと思う。「わーありがとう佐久間ー」オイ、もっと感謝しろよ。
招き入れて早速俺が取り込んでいた洗濯物を物色し始めた名前に白い目を向ければ「佐久間ファンの子に売り飛ばそうと思って」と返された。お前、人のパンツで荒稼ぎすんなよ。丁度俺のトランクスを広げていた名前からそれを引ったくり他のやつも隣の部屋に投げ捨てれば詰まらなさそうに口を尖らせる。
ここまで見て分かるように、名前は俺を兄または弟と認識しているらしく、昔はよくお互いの家に泊まっていたからと言って平気で俺の家に泊まりに来る。下着だろうが何だろうが遠慮なしに介入してくる。何が楽しくて意中の相手に付き合ってもないのにパンツ広げられなきゃならないんだ。というかお泊まりは決定なのか。
様々なことが頭を駆け巡るが結果最初に戻ってしまう。悪循環ループだった。


「あ、そうだ」

俺お気に入りのペンギンクッションを抱きしめて座り込んでいた名前は何かを思い出したように顔を上げた。腹が減ったと喚く名前の為に炒飯を作っていた俺はキッチンから目だけを向けた。彼奴はテレビを見ながら天気予報を告げるみたいに「今日源田に告白されたー」と言った。


「は、」

「本当びっくりしたー源田ってもっとこう…ふわふわした子が好きなんだと思ってたんだけどな。私みたいなガサツな子に告るとか本気で『源田告る人間違えてない?』って聞いちゃったからね」

思い出したのか擽ったそうに笑う名前は「でもまあ嬉しいよ、ね」と言葉を切った。ボーっとフローリングの床を見つめている此奴に俺は声をかけられなかった。あの、源田が名前に告った?お互いに同じ人を好きになったのは知っていたが、あの奥手な源田が俺を差し置いて名前に告白した?いつも馬鹿にしてた俺の方が先を越されたってのか、それに名前もまんざらでもなさそうだ。源田は男としてみられてるってのか。じゃあ、俺は?


「ん、出来たぞ」

「わあーおいしそ。ありがと佐久間」

テーブルに運んできた炒飯を嬉々として受け取った名前は目を細めて喜んだ。それを見て、俺の口は言葉を突いた。

「源田と付き合うのか」

言った後、しまったと思った。自分で首を絞めてどうする、そんなこと本人からは聞きたくないのに。名前は少し困った顔をして首を傾げた。「んー、」ハッキリしない名前に苛々する。でも聞きたくない、知りたい、もどかしかった。

「付き合うなら、」

「ん?」

「俺ん家、もう来るなよ」

「え、」

更に首を絞めていることは分かっていた。明らかに嫉妬だったのだ。源田を異性として見る名前を、俺は腹立たしく感じてしまったのだ。

「何で、そんな事言うの」

「当たり前だろ。いつまでたっても俺の家に泊まり込むのいい加減やめろって。彼氏が聞いたら逆恨みされんじゃん」

「…今まで、迷惑だった?」

迷惑なわけがなかった。お前が来るかもしれないから面倒な片付けだってなんだってやってんだ、お前のために飯だって作ってんだ。迷惑な訳、ないだろ。

「あぁ、迷惑だ」

きっと今俺は窒息死したんだろう。泣きそうになる名前を見つめて、俺は最悪なことに幸せを噛みしめていた。その涙は俺を頼ってこその涙だからだ。俺を求めてくれる、涙だからだ。名前は涙の膜を張って俺を見た。真っ赤になった眼に、頬に急に現実へ引き戻される。

「私が佐久間の所を選ぶのは、私の勝手じゃない。好きなんだから一緒に居たいに決まってるじゃない!」

「お前のその好きって、どの好きなんだよ!俺も源田もずっとお前のそのややこしい好きに悩んで苦しんできたんだよ!」

怒鳴り返せば、名前の涙は驚きで引っ込んでいた。俺の苛々も今ので引っ込んでしまった。その代わり、冷水のような冷や汗が背中を伝った。

「それって、」

「ああそうだよ、お前に親切にして泊めてやったりしながら下心隠してたんだよ!悪かったな、でももういいだろ!お優しいお前の幼なじみは結局男だったんだからな!」

「佐久間は私のこと、好きなの?」

まるで人の話を聞いていない。また苛々が生まれて「悪いか」と眉間に皺を寄せた。名前は驚いたように口を開け気の抜けた声で「私も」と呟いた。「だから、」と苛々がピークに達しそうな俺は名前を見やる。その目は無駄に、輝いていた。


「私、昔から佐久間のこと異性にしか見たことないよ。だから今の今まで彼氏作らずに佐久間の所に通ってたんだよ」

そんな、馬鹿な。

「下心あったなら私も同じだよ、ごめんね」

やべえ、俺今すっげー嬉しい。

「だから、今日もこれからも泊まりに来ていいですか」






源田が可哀想な人
20110208 杏里

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