私は今まで他人と親しくなることを避けてきました。理由は言わずもがなです。彼等と同じ時を過ごすことが出来ないからです。中学卒業を境に私は姿を消します。そしてまた新たな場所で新たな人生を過ごすのです。
しかし、不測の事態が起きてしまいました。
「俺、円堂守!一緒にサッカーやらないか?」
私がこうなってしまった元凶でした。本来、私達は彼からサッカーを奪うべく任務に就き、誤作動により起きた転送事故で私だけが予定しなかった時代へ振り落とされたようだったのです。しかし、今となっては恨むことはありません。
雷門中で彼に出会えたことを感謝せずにはいられませんでした。円堂君は、今まで無意味に繰り返していた私の人生を派手に転覆させたのです。
彼は謎の多い私のことを疑うことすらしませんでした。それはそれは馬鹿げた話でした。軍人であった私には有り得ない世界です。円堂君は敵でさえサッカーを思う熱い気持ちで邪な感情を溶かしてしまうのです。不思議でした、武力ではなく熱い気持ちで変えることができる未来があるのだと私は初めて知りました。
先人達は彼を悪者扱いして、それを鵜呑みにして育ってきた私は、彼を悪だと決めつけていたのです。
「サッカーが好きだから毎日練習して仲間と汗いっぱい掻いて泥だらけになって走り回るんだ!だって、こんなに最高なことってないだろ?」
その笑顔を見たとき、私は気付いてしまいました。確かに、80年後の未来の日本は彼が起こしたサッカーという波により衰退化の一途を辿ります。しかし、元凶である彼に何ら責任はないのです。彼はただ、サッカーが好きで好きで仕方が無いだけだったのです。
「だからこそ、」
長い月日を一人で歩いてきた私にとってみれば、ここは通過点に過ぎませんでした。それでも今まで過ごしてきたどんな日々よりも楽しく、賑やかでした。
彼の周りには人が集まります。
私の時代では力のある者の周りに弱者が集るのです。みな、殺気立っていたり嫉妬の念を纏っていたりと張り詰めた環境ばかりでした。軍人だから仕方ないのでしょうか。
円堂君の周りには笑顔が集まります。
すっかり平和ボケしてしまった私は、この心地よい生活に羨望という名の渇望を求めてしまいました。
変わらなかったのは世界ではなく、大人達に押しつけられた先入観を鵜呑みにしていた私だったのです。確信はありませんが神様はそれを私に教えるために、遙々過去へと落として下さったのかもしれません。
だとしたら私に残された道は一つしかありませんでした。80年先の未来からは紛い物ではない彼の想いを知らぬ軍兵が虎視眈々と隙を狙っているのです。
それを阻止できるのは私だけ、悟るのに時間はかかりませんでした。
「名前」
軍服に身を包んだ銀色の髪の男が立っていました。彼は、かつての仲間でした。同じ教育を受け、共に切磋琢磨した、運命を共にするはずであった人でした。彼は私の頬に手を当て、覗き込みます。何もかもを呑み込みそうな瞳は暗く、それでいて澄んでいました。
彼は、言います。
「円堂守などに、渡しはしない」
静かだけれど、そこには何かが潜んでいました。
続く
20110201 杏里